9月28日(水)
「『アーカンソー吸血鬼』」
タツミが言った。俺はスマホで調べてみた。『アーカンソー吸血鬼』そんなものはこの世に存在しなさそうだ。つまり適正だ。俺は返しの言葉を考える。『アーカンソー吸血鬼』だから『き』で始まる
「き……はっ! 『キャラメルこおろぎ』」
俺は『キャラメルこおろぎ』で返した。もちろん意味不明な言葉だ。タツミはスマホで調べた。彼女はゆっくりと俺に頷いた。
「食用こおろぎのフライのキャラメル味があるみたいだけど、ま、いいわ。適正で」
「ああ」
俺は冷静に頷いたつもりだが、内心はヒヤッとした。なるほど、食用こおろぎのフライのキャラメル味、そんなものがあったのか……。危ないところだった。
「『こおろぎ』だから『ぎ』。ぎ、ぎ、ぎ……」
タツミは目を閉じ、『ぎ』を何度も繰り返して口に出した。約三十秒ほどそれが続いたかと思うと、タツミは突然目を光らせた。
「『業務用クルセイダー』」
俺はスマホで検索しつつ、笑いを堪えた。『業務用クルセイダー』は面白い言葉だ。数あるドボンルールの一つに『笑ったら負け』もあるので、ここは頑張って耐えねばならない。クールさもこのゲームには求められる。それがこのゲームの面白いところであり、難しいところであり、奥深いところなのだ。
『業務用クルセイダー』なる語句は存在しなかった。つまり、俺のターンだ。語句の終わりに伸ばし棒が付く場合はその前の言葉から始めなければならない。この場合はつまり『だ』だ。だ、だ、だ……。
ヤバい、なかなか出てこない。制限時間の一分を越えてしまう……! 横目でチラリとタツミを覗う。意味深な薄笑いを浮かべてこちらを見ていた。タツミの唇が動いた。『あと十秒』音を出さずにそう言っていた。
だ、だ、だ……くぅっ!
「だ、『ダイオキシン課長』……!」
「ふん、いまいちね……」
タツミがやれやれと首を振って言った。そんなことは俺でもわかっている。だが、それで俺が負けたわけではない。要は負けなければいいのだ。負けなければ、いずれ勝機がくる。ここは臥薪嘗胆だ。屈辱を力に変えるのだ。
「う、う、う……『ウルトラつまようじ』」
おや? タツミにしては、あまりキレのない返しだ。
「おやおやおや、それこそいまいちなんじゃないか?」
俺はここぞとばかり煽ってやった。
「マツザキくんのが感染っちゃったみたい」
「ほぅ、言ってくれるじゃないか」
バチバチと二人の間を飛び交う目線が火花を散らす。
「そんなコスい時間稼ぎはやめたほうがいいよ。負けるなら、男らしく潔く負けたほうがまだかっこいいから」
「……」
タツミめ、煽りは一級品だな。別にそんなつもりじゃなかったが……よかろう、ここで一発どぎついのをかまして見せる! じ、じ、じ……。
「『邪道マッチョ』」
タツミの顔色が一瞬変わった。間違いない、確実にキいている。しかし、倒すまでには至らなかった。タツミは一瞬上がりかけた口角をすぐに戻した。
「なかなかやるじゃない……!」
「そうか? 今のはほんと小手調べだぜ……!?」
と、そんなことやってると、
「お前ら、さっきから何やってんだよ……」
タケウチがいつの間にかそこにいて、苦笑交じりに言った。
「『存在しない言葉しりとり』だ。ルールは簡単。横文字と日本語を一つずつ組み合わせて存在しない言葉を作る。終わりに『ん』が付いたら負け。相手の言葉で笑っても負け。わかったか? じゃ、次はお前な。終わりが小さい文字の場合はその前の言葉を使うから『ち』だ。はい、どーぞ。あ、あと一分以内に答えられなくても負けだからな」
「な、なんだよその遊び……えっ、てか俺もやんの!? 俺はいいよ~、お前ら夫婦だけでやってろよ!」
「ダメ。ここに来たのが運の尽き。だからタケウチくん、早く答えて」
「ま、マジかよ……」
昼休み、校舎裏のいつもの場所で、唐突に三つ巴の死闘が始まった。俺はニヤリと笑った。タツミもニヤリと笑った。この調子で広めれば、いずれ人類はこの意味不明な遊びに取り憑かれる日が来るに違いない。そうなれば、俺とタツミの名が歴史に永久に……なわけないな。
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