9月27日(火)
「雨ね」
「雨だな」
強く雨の降る放課後、俺とタツミは教室で二人っきりだった。
二人っきりと言ってもロマンティックな意味はない。ただの同士でしかなかった。午後の雨を甘く見て、雨具を持ってこなかったただの馬鹿二人組でしかなかった。
午後からの雨はたしかに予報されていた。俺は朝それをちゃんと見た。なのに俺は
「朝、こんなに晴れてるんだから雨降ったとしても少しだけでしょ」
なんて今にして思えば心底馬鹿げた意味不明な理由で、俺は雨具を持っていくことを怠った。希望的観測ゆえの過小評価をしてしまったわけだ。本当に自分が嫌になるときは、大抵こんなときだ。俺は窓の外を見ながら、窓ガラスに薄っすらと写る自分自身を睨んでいた。この大馬鹿野郎。内心で自分に悪態をついた。
タツミも同じ理由でここにいる。変なところで気が合ってしまった。あんまり嬉しくはないが、そのおかげで教室で今タツミと二人っきりで過ごしていると思えば、少しは慰めになるかもしれない。
「ねぇ、雨止ませてよ」
タツミが言った。ぶーたれた顔で。いつもはよく整った顔だけに、すっごく間抜けに見えた。
「ひょっとして、俺のこと神だと思ってる?」
「マツザキくんって役に立たないね……」
タツミがため息交じりに言った。
こいつは一体俺を何だと思っているのだろう? 俺に何を期待しているのだろう? 無茶苦茶だ。それは流石に聞き捨てならない。
「この地球上に雨を止ませることができる生命体なんていないんだよ」
「神ならできるでしょ?」
「神じゃないんだよ。残念ながら」
「マツザキくんならできるって。天候操作くらい」
「お前、本当に俺のことを神かなんかだと思ってるんだな」
「神じゃなくてもいいから、神になって~」
「わけわかんねぇよ」
雨に足止めを食らったせいなのか、それとも雨のおかげで急激に気温が下がり、暑かったのがむしろ寒くなったせいなのか、何が原因なのかはよくわからないが、今のタツミはどこかぶっ壊れているということだけはわかる。
「ああ~、どうして天気予報を馬鹿みたいに鵜呑みにしなかったんだろぉ~。なんでマツザキくんは天気と私のことを予想して私の分の雨具を用意してくれなかったんだろぅ~」
「おいおい……」
「だってさ、私ってドジでお茶目なところがチャームポイントじゃん? マツザキくんもそれよくわかってくれてると思うんだよね?」
「俺は今お前が言っている言葉の意味すらよくわかってないよ」
「ああ~、もうやだ~、こんな雨ぇ~……」
駄々っ子のように喚いてから、まるでゼンマイが切れた人形のようにタツミはぱたりと机に突っ伏した。そのままの姿勢で、
「マツザキくんって、好きな人いる?」
唐突に聞いてきた。
「な、なんだよ急に……」
「いないの……?」
机に突っ伏しているからタツミの顔は見えない。振り乱された頭頂部が見えるだけだ。どんな表情かわからないから、タツミの質問の意図と真剣度合いがわからない。しかしその声音は先ほどとは違って低く、どこかシリアスにも聞こえる。
「いや、それは……急にそんな話を振られても……」
話の高低差と温度差が凄すぎる。飛行機なら耳がキーンってなるやつだ。ダイバーなら下手すりゃ死ぬやつ。
「いるの? いないの? どっち?」
「……」
俺は答えなかった。答えるべき答えがなかった。だから正確には答えられなかった、が正しい。そして俺は考えた。俺の好きなやつって誰だろう……。すぐにある人物の顔と名前が浮かび上がってきたが、すぐにそれを打ち消し、俺は考えるのをやめた。それを意識すると、その人物とは今までのような関係でいられない気がして、それが急に恐ろしくなった。
「私はね、いるよ……」
俺は息を呑んだ。頭の中でいろんな考えが巡り巡っては、灯台の光のように点いては消えていった。
「だ、誰……?」
言った側から、俺は後悔した。聞くのが怖かった。聞けば何かが変わりそうでイヤだった。だが、もう言ってしまっていた。俺は願った。何を願って良いのかわからなかったが、何か俺にとって良い答えであることを祈った。
「それはね……天気を操れる人」
「は?」
「今、雨を止ませてくれたら、その人と結婚する。マツザキくん、どう?」
「どーもこーもねーよ」
やっぱりタツミはいつものタツミだった。それで俺は心底安心した。少し肌寒いというのに、変な汗をかかされてしまった。まったく、タツミってやつは……。
雨は一時間後に上がった。
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