9月15日(木)
昼休みは学校での数少ない自由時間だ。今日は人の来ない校舎の裏側の木陰で読書に勤しむ。九月の半ばだというのにまだまだ暑いが、エアコンの冷風を浴びてばかりいると身体がバカになるので、外の空気を吸い、日光を浴びて、肉体をリフレッシュさせねばならない。
仰向けに寝転がり、本を開く。しおりをとって、無くさないようにシャツの胸ポケットに入れた。本の後ろ、視界の端で木漏れ日がキラキラしている。
「何読んでんの?」
そこへタツミがやってきた。まさか見つかるとは思わなかった。タツミは神出鬼没だ。俺がどこにいても、どこへでもやってくる。
タツミが近くで仁王立ちするもんだから、この角度だと彼女のスカートの中が見えてしまいそうだった。今の俺は紳士なのでそんなことはしない。というより、あまりそこの布切れには興味がない。大事なのは常に、往々にしてその奥にある、なんて誰かが言ってた気がする。いや、そんなこと言うやつはいないか。
「何読んでんの?」
再びタツミが言った。
「何読んでんのって君が言ったから――」
「それ飽きた。ほんと好きだね、俵万智」
「お、五七五。タツミって歌人だったんだな」
俺は身体を起こした。さすがに寝ながら応対するのはどうかと思ったからだ。
「で、何読んでんの?」
俺は本のカバーをタツミに見せてやった。猫の後頭部が描かれているキュートなやつを。
「『夏への扉』……? 猫が可愛いけど、これSFなんだ」
「SFって知ってるか?」
「知ってるよ。『セックスフレンド』でしょ」
唐突な下ネタに、俺は思わず吉本新喜劇ばりにずっこけそうになった。
「『早川文庫セックスフレンド』ってなんだよ! そんなポルノ小説昼間っから、しかも学校で読むわけないだろ!」
「あっはは! 冗談に決まってるじゃん! マジになっちゃった?」
「……」
俺は呆れて言葉も出なかった。昼間っからうら若き乙女が下ネタなんか言うもんじゃない、なんて説教じみたことを言ってやりたかったがやめた。男女平等社会は女の下ネタを許容すべきだ。たとえどんなにそれがつまらなくても、くだらなくとも。
「『サイエンスフィクション』でしょ? 猫が主人公のSFって面白そう。どんなお話?」
「ああ、ある日男のもとに一匹の野良猫が現れるんだ。男はそれを世話してやるんだが、どうも様子が普通の猫とはどこか違う。同時に、男が猫を飼い始めたときから周りで不思議なことや事件が起こるんだ。日が経つにつれ、不思議なことは怪奇となり、事件は猟奇を極めてゆく。男はどうも猫が怪しく思えるのだが、そこは飼い主の情もあって猫の無実を信じる。しかし近所に住む警官は猫が事件に関与していることを見抜き、なおかつ主人公へも疑いの目を向ける。男は無実に違いないのだが、猫を守るために警官を殺してしまう……そこからは読んでのお楽しみ」
「えぇ~! 表紙は可愛いのに、なんだか怖いお話だねぇ。SFというよりミステリーなんじゃない?」
「ミステリーにSF要素があるって感じだな」
「ふぅ~ん。でも、なんだか面白そう。ね、読み終わったら貸してよ」
「いいよ」
俺は本をタツミに差し出した。
「読み終わったらって言ったんだけど……」
「もう読み終わってる。今回で三周目だったからな。それにこれは本当に名作だから、ぜひタツミにも読んでほしいと思ってね」
「へぇ、そんなに面白いんだ」
「ああ、血湧き肉躍るバイオレンス・アクション・サイエンス・ミステリー・ラブ・スプラッター・ファミリー・コメディ・ギャグ・ヒストリー・感動巨編さ」
「テキトーなことばっかり言って」
「それが俺のモットーさ」
「今日のマツザキくん、ちょっと変」
「そうかもしれない」
自分でも少しだけ自覚していた。それはハインラインのせいかもしれない。きっとそれは『夏への扉』が面白いせいだ
「じゃ、ありがたく読ませてもらうね。あ、じゃあ代わりに私の本貸してあげるよ」
「タツミってどんなの読むの?」
「最近読んだのはねぇ、『冷徹騎士団長に極秘出産が見つかったら、赤ちゃんごと溺愛されています』かな?」
胃もたれするようなタイトルだ。いや、胸焼けするような、と言ったほうが正しいか。
「そ、それはいいや……」
「じゃあ『身ごもったら、エリート外科医の溺愛が始まりました』にする?」
「……俺は借りなくていいかな」
俺とタツミはセンスが違いすぎる。永久に交わらない平行線であることは明白だ。
「ふぅん、じゃ、気が変わったらいつでも言ってね」
それから適当に会話をして、昼休みが終わった。無難に午後の授業を終えて家に帰り、夜寝る前にふと、今日タツミが言った本のタイトルを断片的に思い出した。タイトルが長過ぎるので完全に思い出せなかったのだが、検索すると案外簡単にヒットした。
「どれどれ、タツミの読んでる本ってどんなんだ?」
やはりタツミの読むものだから気になってあらすじを読んでみたのだが、やっぱり俺にはあわなさそうだった。
なんというか……凄そうな内容、としか言い表せないような本だった。一言で言うなら『ドエロい』内容だった。
世の中は広い、本も色々、それをまざまざと思い知らされたような気がした。見識が広まったという点では一応心の中でタツミに感謝しておいた。
ちなみに『夏への扉』はタツミに説明したような内容の話じゃない。タツミがそれにいつ気づくか、今から楽しみだ。
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