第76話 切なく龍二を見つめる

「三枝君、君はいつもながら凄いね、、、僕はもう言葉が出てこないよ。」


 優はそう呟くと、今日、これまでに起こった事を思い返していた。

 既に日没を迎え、三枝軍部隊はそれぞれ再編成を行っていた。


 第一堡塁の確保に成功したものの、第2堡塁に残兵は残っており、砲兵陣地では今夜は夜通しの射撃により、師団守備部隊を疲弊ひへいさせる作戦である。

 師団は昼間の猛攻に引き続き、夜間も攻撃が引き続くと考えており、今夜は寝られない一夜となることだろう。


 54連隊のメンバーと陸軍工科学校の志願者をもって、夜襲部隊やしゅうぶたいが編成され、散発的な襲撃を行った。

 この襲撃には、春木沢のゲリラ戦部隊がとても効果的に動いていたが、龍二は本格的な夜戦を避けるよう命令を徹底した。

 それは、三枝軍が夜間戦闘の訓練が出来ていないため、大規模攻防戦に発展した場合、勝機しょうきが見込めないと判断したためである。


 それでも師団側にとって、昼間にあれだけの攻撃をしてきた三枝軍は、当然引き続いて夜襲を仕掛け、第2堡塁ほうるいを落としに来るだろうとの見積もりがあった。


 そのため、春木沢の襲撃部隊が攻撃するたびに、師団は過剰に反応しなければならず、その反応を見ることで三枝軍は第2堡塁の弱点を観察することができるのであった。



「三枝、少しは寝たらどうだ、私たちでも代わることはできるぞ。」


 幸がらしくもなく優しく言葉をかける。

 無理もない、あれだけの陸上戦闘を見せられたのだ、あの激戦が行われた2時間の間、指揮所は現地との無線のやりとりにより、怒鳴り声や叫び声が飛び交い、それもまたリアルな戦場を垣間見たのであった。

 それを、全く動じる事無く、粛々しゅくしゅくと指揮し続けた三枝龍二の存在は、幸にとって少し怖いほどであった。


 恋愛感情と恐怖が混ざった、これまで感じた事のない複雑な感情は、幸の心をより一層、複雑にさせ彼女を悩ませるのであった。


 その横で、幸を見つめる瞳があることに、幸は気付いていない。

 優はもちろん、友人である三枝龍二の活躍を心の底から喜んでいる自分の中に、強烈に嫉妬する自分があることにも気が付いていた。

 幸の、切なく龍二を見つめるその瞳が自分に向けられたなら、きっとそれは、にも換えられない宝物になると思えた。

 自分も戦術で勝てる男になりたい。

 優の心に、決意にも似た感情がこみ上げていた。



 それは、一人の女性のためだけに捧げられた感情であることを、当の本人は知り得る由もない。

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