第74話 機甲部隊

 効果は覿面てきめんであった。

 この常識的な進展速度との僅かな相違が、盤石であるはずの要塞戦に風穴を開けようとしていた。

 三枝軍が放った師団防空指揮所への砲撃は、81mm迫撃砲はくげきほうを分解して人力で運搬してのものだった。

 しかし、無線封止中ふうしちゅうのため、攻撃目標を正確に評定出来ないため、煙を上げて位置を知らせていたのである。

 この時、火炎放射器かえんほうしゃきで敵の防空指揮所を急襲きゅうしゅうしたのは、国防大学校4学年の春木沢とその同級生たちであった。

 エネルギーを持て余す彼らには、存分に暴れることが出来る格好の戦場であった。

 迫撃砲を人力で運んだのは54連隊6中隊、迫撃砲小隊はくげきほうしょうたいのメンバーである。

 彼らもまた、この非常識な手搬送しゅはんそうという方法に対し、快く引き受けてくれた。

 各人が運んだ重量は、迫撃砲と弾薬だけで100kgを越えたと言う。

 これを知っていながら、三枝龍二は依頼したのである。

 

 しかし、この無茶苦茶な依頼が、逆に現役迫撃砲小隊員のハートに火を付けたのである。

 常識的に砲撃威力ほうげきいりょくは、いくらあっても足りないところではあるが、その一番強い威力を持つ野戦砲部隊やせんほうぶたいをあえて動かさず、おとりに使ったのである。


 師団長がげきをとばした直後、陣前に展開していた機甲大隊の隊員は、その意味を直ぐに知ることとなる。

 彼らの目の前には、三枝軍の機甲部隊主力きこうぶたいしゅりょくが勢ぞろいしていた。

 師団の機甲大隊は、これこそ機甲戦闘きこうせんとうの好機とらえ、いささかか志気が上がっていた。

 それは、同数程度の機甲戦闘であれば、要塞砲と戦車砲、要塞内の対戦車たいせんしゃミサイルにより三枝軍の戦車戦力を全滅に出来る格好のシチュエーションだからである。

 そんな彼らを横目に、春木沢以下の火炎放射器部隊かえんほうしゃきぶたいが、不思議な行動に出る。

 この火炎放射器は本物であるため、当然戦車や陣地に向けて放射することは出来ない、春木沢は陣地の前、地雷原じらいげんの奥に対し、遠慮がちに放射し、小規模な火災を発生させた。


「なんだあいつ等?何がしたいんだ」


 速度の落ちた師団機甲大隊の隊員達は、見慣れないおかしな攻撃に首を傾げた。

 そんな最中、三枝軍の戦車部隊は後退を開始、これは好機が訪れたと師団機甲大隊は陣前に更に展開し攻勢に出る。

 近年、希に見る一大戦車戦いちだいせんしゃせんを彷彿とさせるこの好機に大隊は沸いた。


 しかし、勢いに乗った彼らは、ここで痛恨のミスを犯す。


 火炎放射器で火災が発生している陣地正面の、地雷原の更に前に出てしまったのである。

 この時の師団の作戦では、三枝軍が後退した場合に備え、地雷原の中に巧みに細い戦車用の通路を設けていた、これは三枝軍にはどんなに偵察しても解らないように偽装ぎそうされていたが、この陣前突撃により、この通路の位置が三枝軍に露呈ろていしたのである。

 師団の戦車そのものは、火災の地域を抜けても、ほぼ損耗そんもうが無いものの、キャタピラが火炎の中を通過したあと地雷原を通過すると、うっすらと黒く煤けたすす痕跡が残った。

 それがとして明確に印として残ってしまうのである。

 三枝軍の戦車の後退は、これらを予想しての計画的後退であった。

 この後退行動で、三枝軍は2両の戦車に中破判定ちゅうははんていを受けるも、この一連の行動が果たした役割は大きなものであった。

 地雷原を次々と越えて追撃戦ついげきせんを挑む師団機甲大隊は、予想もしない場所から、予想もしない攻撃を受ける。

 それは先に下車展開げしゃてんかいし、長距離を歩いてたどり着いた徒歩兵部隊による、個人携帯式こじんけいたいしきの対戦車ミサイルによる集中攻撃であった。

 次々と撃破判定げきははんていを受ける師団機甲大隊の戦車達。


「おい、要塞砲と対戦車ミサイルの援護えんごはどうした。」


 機甲大隊の指揮官が怒鳴り声を挙げる。

 しかし、要塞砲の射撃はいつまで経っても一切の砲撃を開始してこない。


「どうした、早く援護射撃えんごしゃげきを実施せよ。」


 現場は三枝軍徒歩兵による奇襲によりは一層増していた、にもかかわらず、要塞砲もミサイルも沈黙を守っていた。

 それは、春木沢率いる火炎放射器部隊が、地味に小規模火災を発生させていたため、熱によって、精密機械でもあるミサイル部隊の誘導装置ゆどうそうちに干渉してしまい、発射出来なくなっていたのである。




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