第65話 捕食者

 防衛大学校始まって以来の天才物理学者、そのような道が啓一には準備されていたはずであった。

 しかし、啓一はそれを潔しとは考えず、物理学の世界に背を向け、ただ普通科連隊の一将校であろうとしたのである。

 それはまさに英雄的行為と言えたが、国防省内にそれを正当に評価出来たものはほとんどいないのが実状であった。

 そして、そのことについて、陸軍内で最大の理解者は、他ならぬ第一師団長であった。

 三枝啓一が54連隊に配属されるやいなや、当時総監部幕僚長をしていた第一師団長は、前から啓一の底知れぬ才能と発想を理解し、彼の補職を何度となく研究畑へ向けたのであったが、それらはことごとく啓一本人によって回避されていたのである。

 あの物理学に向けられた天才的才能を、弟である龍二が戦術面で発揮した場合、それは即ち戦術の天才の出現を意味している。

 それ故に、第一師団長には、この三枝龍二という男と一度対戦してみたい、と言う願望があった。 

 確かめたかったのである、自分の仮説を。

 三枝龍二こそが今、陸軍が最も欲している才能の持ち主であるか否かを。

 それは、現時点でほとんどの日本人が理解していない未来予想図にあった。

 そう、この国の置かれた状況からすると、未来は決して明るいものとは言い難い状況なのである。

 このような平和な社会からは想像も出来ないほど、世界は今、混沌としているのである。





 師団司令部では、三枝龍二の作戦を逆手に取るべく、先日国防大学校内訓練場で目の当たりにした高度な夜間戦闘能力を封じ込めるべく、その先手を撃とうと緻密な作戦を練っていた。

 本来、夜間戦闘に最も必要とされるのが暗視装置である。

 師団司令部では、三枝軍がこれほど短期間に、ただの高校生をここまで夜間能力に特化できた事情の一つにこれら暗視装置の全員配当と特殊な通信要領にあると考えていた。

 当然、これら高価な暗視装置を全隊員に配布できる訳がない。

 それは高校生であっても日常的に使用しているスマートグラスの暗視眼鏡化と結論付けられた。

 そのためまず、通信を妨害すべく、広域、高電圧による電波発射を考えていた。

 これは、あらゆる周波数帯の無線は何らかの通信障害を得るほどの妨害電波であった。

 これにより、全隊員のスマートグラスはただのメガネに戻ってしまう。

 当然、師団の通信網も同様の損害を受ける。

 しかし、どのタイミングで妨害電波が流されるかを知っているのは師団側であり、三枝軍はそれを知らない。

 つまり、師団が計画している妨害電波の間隙を知っている師団のみが、有効な通信を実施することが出来る、という理屈である。

 更に、夜間暗視装置を無効化するために、ここはあえて師団側は暗視装置を使わない、というやや乱暴な方法を採用した。

 暗視装置や電子戦、電磁波戦、AIによる戦闘がもはや当たり前であるこの時代において、耳目の一つを放棄することは暴挙である。

 しかし、それを補って余りある作戦が師団側にはあった。

 それは、照明弾の大量投入である。

 かつて夜間戦闘と言えば、必ず照明弾を使用していたが、近代戦においてはもはや無用の長物と化していた。

 そのような風潮を逆手にとり、夜間戦闘の間、絶え間なく照明弾を撃ち続けることで戦場を昼間と同じような明るさにすることで、師団側は暗視装置を使用することなく戦うことができ、暗視装置で徹底的に訓練をしている三枝軍は、照明弾の明るさで暗視装置は故障するか使用不能となってしまうのである。

 暗視装置が使用できなくなった三枝軍はパニックに陥り、妨害電波により組織的抵抗が困難になったところに、要塞守備の虎の子、戦車部隊を陣前に突撃させ、一挙に決戦に持ち込むという作戦であった。

 しかし、これらを実現するためには、三枝軍の持つ戦車や装甲車を一定の戦力比になるまで叩いておく必要があった。

 そのため、少々強引ではあったものの、三枝軍の編成完結式終了間際の、体制未完に乗じ、大量の砲弾を浴びせ、集結中の機甲戦力を削いでおく必要があったのである。

 しかし、師団長は、三枝龍二という男の、底知れぬ戦術眼をある程度見抜いていた。

 つまり、この程度の対策では、まだ足りないという事を師団内で唯一気付いていたのである。

 それ故に、もう一つ策を練る必要があったのである。


 それはこの日の夕方、実行に移された。




 同時刻、生徒会作戦室にいた優が、レーダーに少々見慣れない反応があることに気付くのである。


「三枝君、北西約80キロ上空に、未確認飛行物体を確認、何だろう、これ」

 

 龍二は、それでも顔色を変えることなく、座して動かなかった。

 いや、気付いた人間は極めて少ないだろう、この時龍二の口元は獲物を捕らえた捕食者の表情となっていた。



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