第51話 小型トラックのボンネット上に乗り
東海林を幸がなだめながら、その後ろでは三枝龍二が静かに二人の元へ歩み進んだ。
二人に対し、龍二は優しく語りかける。
龍二「今回のことで、東海林さんには大変お世話になりましたね。弟に代わって御礼申し上げます。しかしこの狭い校門前でこの人数は非常に危険ですね、貴女の提案した横須賀学生同盟とやらを、何とか出来ますか?」
東海林は流れ落ちる手前の涙を軽く拭うと、優しげに笑いながら、こう返した。
東海林「それでしたら、逆に私からも三枝様にお願いがありますわ。聡明な三枝様ならもうお分かりですわよね。」
この時龍二は、東海林もこんな笑顔が出来るんだと全くこの事態と関係のないことを考えていた。
そして、もちろん彼女の言うお願いの意味も、何となく理解できていた。この烏合の衆には強力なリーダーが必要である。 そんな時、意外な人物が龍二に声をかけてきた。それは龍二を大いに動揺させた。
澄「龍ちゃん、女の子を待たせてはいけませんよ!貴方を待っている生徒達の期待に答えなきゃね。」
龍二は長らく避けてきた三枝澄の声を間近で聞いた途端、普段には無いような動揺を見せた。
普段の彼を知らなければ、全く理解出来ないほどの小さな動揺であるが、この場にいた優、幸、澄、そして何故か関係の浅い東海林の4名は、これに気付くのであった。
そんな小さな動揺を見せる龍二の姿を、切ない眼差しで見つめる幸の姿が、東海林は同時に忘れることの出来ない事となった。
龍二「・・はい、澄姉さん、・・・理解したつもりです。それでは行きます。」
澄「はい、言ってらっしゃい!」
澄の笑顔と、赤面しつつ平静を保とうとする龍二を複雑な表情で見つめる一団を見て、清水は少々苦笑いするのであった。 それは清水にとって澄が、かつての恋敵であり、三枝啓一の元婚約者であるということも関係していたが、そこに渦巻く複雑な感情を見ていて、彼女自身も切ない気持ちになるのであった。
それは、啓一と澄の婚約により、自分の初恋がどうすることも出来なくなったあの日の夜に似ていたからである。
龍二の澄への想いは多分果たされない、それは端から見ていても容易に理解できる。
澄自身は、龍二のことを弟として愛情を注いでいる、そして澄はそれ以上の感情に至ることはほぼ無いと思われた。
それは、啓一が選んだ気高い女性であるという時点で、清水にはそう感じられていた。
ただ、この時清水は、その場に居合わせた不思議な縁で集まったこの人達が、幸せになってほしいと心から願っていた、もちろん龍二にも、幸にも、そして澄にも。
龍二は、警戒の為に停車していた小型トラックのボンネット上に乗り上がり、大きな声で集まった生徒達に叫んだ。
龍二「生徒諸君、聞いてほしい。私は今回の騒動の主である三枝昭三の兄、三枝龍二と申す者です。」
ざわめいていた生徒の群が一瞬で凍り付いたように静まった。静かにしろという声が後ろへ次々と回され、校門前は静寂が包み込んだのである。
生徒達は気付いていた、今叫んでいるこの人物こそ、昨年の高校サッカー界の事実上頂点であり、社会現象とまでなったドグミス日本隊事件の半ば当事者である、あの三枝龍二であることに。
そして、その周囲にいるメンバーも、気付く者は気付いていた。
佳一高校サッカー部キャプテン城島啓介、ドグミス日本隊の生存者、北条重光曹長。
そして、ドグミス日本隊隊長の元婚約者の三枝澄。
生徒達は思うのである。
このメンバーならば、集まった高校生達の欲求を満たすのに十分な何かをもたらしてくれると。
龍二「君たちの志す横須賀学生同盟の意志を、私は今、この目で確認させてもらった。同年代の若者達に、これだけのパワーと意識があることに私はただ感銘を受けけている。我々国防大学校生徒会と、会長であるこの三枝龍二が、この喧嘩の一切を引き受ける。私に付いてきてくれる者は賛同の挙手をお願いする。」
そう言うと、一瞬迷ったような微妙な表情を浮かべる生徒達を横目に、東海林を始め澄、鎌倉聖花の女子生徒を中心に、右手が挙がりはじめる。
するとその挙手の輪は次々に広がり、やがて挙手ではなく、拍手として大きな喝采へと変化していった。
そんな拍手と喝采が、割れんばかりに広がった時である、校門上空を轟音とともに、一機のヘリコプターが低空を旋回飛行してきた。
そして航空機のスピーカーから真下にいる生徒達に対し放送が流された。
「校門付近の生徒達に告ぐ。これより校門を開放する。意志のある者は校内へ進むように。」
不気味な放送であった。が、もはやこの群衆に恐れるものなど皆無である。
意志のある者、それは既に三枝龍二の叫びによって総意を得ていたのだから今更確認するまでも無かった。
龍二「よし、みんな、行こう!」
龍二が手を大きく前へ振ると、彼らに続いて、鎌倉聖花の生徒、他校の生徒と生徒達の群は開放された校門を勢いよく流れ込んでいった。
そして、何故かマスコミやネット配信者達も同時に流れ込んできた。
警備の厳しい軍施設内においては異例の対応と言える。
そんな中に大挙して押し寄せる生徒の群。
彼らの異様な雰囲気は、更に彼ら自身を奮い立たせた。
そして先には、完全武装の生徒達が、また他校の生徒達を笑顔と喝采をもって迎え入れたのである。
そして先頭には昭三と佳奈の姿もあった。
昭三「兄さん、、、。」
昭三はそのまま何も言わずその場に立ち尽くした。
そして、おもむろに龍二は昭三に対し、手に握っていたものを無言で差し出すと、昭三は素直にそれを握った。
そしてその手は少し震えながら。
昭三「・・・わかりました、三枝家の者として、大変光栄に思います。兄さん、ありがとうございます。」
その声も少し震えるようであった。
昭三は、差し出されたそれが、手に取って直ぐに何であるのかが理解できていた。
三枝家に伝わる銘刀、それがどういう意味であるかを噛みしめながら、昭三を頭ごなしに怒るでもなく、一人の男として認めてくれた瞬間でもあった。
また昭三にとってそれがとても嬉しいことであり、この戦いに全てを捧げる覚悟を助長するものであった。
昭三「兄さん、武家の者としてこの刀を重く受け止めております。」
周囲は緊張に包まれた。
そう、さすがにこの状況であれば、それが本身の日本刀であることは誰の目にも明らかであった。
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