第49話 情 熱

東海林「みなさん、私にご賛同いただきありがとうございます。これからの行動について発表いたします。私はこの後、陸軍工科学校の生徒達に賛同すべく、学校の内外に対し決意表明を発表するつもりです。そして私たち志しを共にする有志をもって女子挺身隊を結成し、いま実動部隊と対峙している工科学校生徒達と合流して、運命を共にするつもりです。せっかくご賛同いただきましたが、只今の内容に僅かでも恐怖を覚える者は、すぐにご自宅へ帰りなさい。それを罪とも、悪とも思いません。本来であればそれらを否定し、止めるのが私の務めです。しかし今回は真逆の行動をとります。そうしなければいけないと、私の心が言うのです。・・・三枝先生、どうか今回の件、お見逃しください、先生は今日ここにはいなかった、それで構いませんよね。」


 大講堂は静まり返っていた。

 少女たちの目には一点の曇りもなく、清々しさすら感じられた。

 これまで大人たちの敷いたレールの上を、ただ上品に進んでゆくだけの人生に、疑問すら浮かんでこなかったこれまでを恥じるように、彼女たちは反旗の狼煙に酔いしれていた。

 ただ不安材料として、ここには唯一の大人である三枝澄先生の存在があった。


澄「あら、私の行動にまで気を遣うなんて、東海林さんらしいわね。失礼、今回の反乱はあなた方だけのものではないわ。私も一応三枝家の者として当事者と言えるわね。これだけの大人数が移動するんですもの、生徒には顧問が必要でしょ。付き合うわ。」


 会場が一瞬黄色い歓声に包まれた。

 しかし、東海林は神妙な面持ちで澄に返した。


東海林「先生、お言葉は嬉しいのですが、このままでは先生は教職を追われることとなります。それだけはお止めください、私たちは皆、先生のことを、尊敬しております」


 澄自身、この学校の卒業生であり、古風なこの学校の模範となる生徒であり教師であった。

 その澄を慕う生徒は多く、むしろ嫌いという生徒は皆無に等しかった。


澄「あらあら、それはどうもありがとう。でもね東海林さん、私も今回は逃げたくないの。世の中の大きな流れの中で私は婚約者を戦死させたわ。こうして何の変化もなく教師を続けている自分が不甲斐ないと感じるの。上条さんのお相手は三枝昭三君ね、子供の頃から良く知っている子よ。まだ小さな子供だと思っていたのに。私は姉として、彼らを守ってゆくと心に決めているわ。あなた達が行かなくても、一人で行くつもりでした。だから東海林さん、あなたが断っても、私は行きますよ。」


 再び大講堂には、小さく歓声が沸きあがていた。

 そして東海林は少し感動していた。

 それは適当な言葉では表現しにくいものであった。

 いつも模範を示し、完璧なまでの女性、そんな印象の強かった澄に、こんな情熱的な部分が存在したことを、今日は嬉しくてたまらなかった。

 それは同志を探し当てたような感覚に似ていた。

 そして、この会話の最中も、登校してきた生徒の輪はどんどん大きなものとなり、大きなうねりとなってゆくのであった。




 対峙が決定的なものとなった陸軍工科学校では、生徒達がその守りを固めていた。

 増援の部隊はまだ到着に至っておらず、引き続き膠着状態が続いていた。


経塚「お前、一体何を仕掛けた?」


 経塚が大急ぎで昭三の元へ駆け込んでくる。

 この数分前、経塚は橋立真理から短いメールを受け取っていた。

 経塚は、あの学校祭の時に、ちゃっかり橋立とメールアドレスの交換をしていたのである。

 メールには、ただ「テレビを見て!」とだけ書かれていた。

 初めてのメールにしては淡泊だと感じつつ、経塚がテレビをつけてみる。

 すると、どのチャンネルも、ネット配信ニュースも、この陸軍工科学校前からの中継映像で溢れていた。

 そんな中には、鎌倉聖花学院の生徒達が作る長い列が、この工科学校を目指し前進している映像、その他の近傍の高校生達も、続々とこちらへ向け前進している映像が映し出されていた。


経塚「これは一体何なんだ?さっきから上空やら外柵やら、なんだか妙に騒がしいと思ったら、正体はこれか?」


 経塚の慌てぶりに佳奈は少し笑いながら


佳奈「経塚さん、麻里ちゃんと静香ちゃんが、鎌倉聖花学院の皆さんを説得して連れてきてくれているみたいなんです。それがネットを通じてどんどん拡散されていって。学校祭の時にジャズ演奏を聴いていてくれてた人達の中には、鎌倉聖花以外の高校の生徒も随分いたらしくて、みんな一緒にやろうって。」


 そして、当然この騒ぎを聞きつけたマスコミが大挙して押しかけてきたのである。

 実は、増援部隊が実弾を装備した状態で陸軍工科学校へ到着できないでいたのは、これが大きく影響しているのである。

 陸軍は、マスコミの動きを活用して旧自衛隊を解体させ、国防軍を発足させていた。

 そのため、旧ドグミズ日本隊に関係するキーワード、特に三枝性には敏感になっていたのである。

 そして、これが昭三のいう第2段階への移行であった。

 彼は、当初からこの事態を収めるには、世論を活用した「現象」が必要であると考えていた。

 もっとも、これほど大きなうねりとなることまでは予想しておらず、彼にとっては嬉しい誤算でもあった。


 そしてこのネット中継は龍二達生徒会の耳にも入っていた。

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