第47話 散兵線

「前進開始、前へ!」


 陸軍工科学校の各分隊長は、臨時編成された部隊を一列に並べ、銃口を正面に向けた腰だめの姿勢で、ゆっくり前進させた。

 「散兵線」

 それは、明治期の軍隊が使用した戦闘隊形で、各人の間隔を2~3m程度に保ち、横一列横隊となって前進する要領である。

 機関銃などの発達につれて、大量損耗が発生し出すと、この戦法は取られることがなくなっていった古い隊形である。

 しかし、今回の戦いは、双方に弾薬を保持していない将棋のような「陣形」形式であり、今回に限っては有効な戦法と言えた。

 この散兵線方式は、昭三による発案であり、段々と昭三の生まれ持った指揮官としての能力が頭角を現すのであった。


経塚「三枝、予定通り生徒隊の警戒部隊が北上を開始したぞ。」


昭三「了解、このまま一気に予定の線まで前進してくれ。第2挺隊は予定の行動をとれ。」


 第2挺隊は、わざと意味不明の行動に出た。

 右へ左へ走り出し、何かを運んでいるそぶりを見せた。

 そして第1挺隊である生徒隊の散兵線は一気に北上し、予定の線まであと半分を過ぎたところまで来ていた。

 予想通り、当初はその奇襲的効果によって、北の歩兵連隊は警戒線を下げてきたが、逆に連隊側も線を南下させようと兵を集結させ始めた。

 連隊側が隊形を整える前に、予定の線まで出なければならない。

 やっかいなのは、目標線の途中に、目標線と平行して走る道路がある。

 この道路を前線として、連隊側が体制を整えてしまえば、それ以降の前線はそこで固定されてしまう。

 それも、その道路を制圧しなければ、弾薬庫の直接警戒部隊は自由に行動出来ることから、昭三の作戦が成立しなくなってしまう。


昭三「ここが正念場だ、頼むぞ!」


 そして問題の道路に差し掛かった時、案の定、歩兵連隊の包囲線の遠端が形成され初めていた。


「停止しなさい。君たちの行動は明確な軍規違反である。これ以上前進をすれば、拘束もやむを得ない。」


 すると前線に出ていた経塚が、大声で叫ぶ


経塚「第1悌隊、射撃用意、・・・撃て!」


 「撃て」の号令が次々と逓伝されると、一斉に激しく銃声が鳴り響く。

 

 驚いたのは歩兵連隊の方であった。

 実はこの時、歩兵連隊はまだ弾薬の補充が済んでおらず、丁度弾薬庫から弾薬を搬出する前にこの事態が発生してしまっていた。


「後退、後退しろ!あの茂みの線まで一旦後退させるんだ。」


 歩兵連隊の小隊長は、とっさに後退を命じた。

 さすがに流血の惨事までは覚悟していなかったことと、生徒達第2悌隊の不自然な行動が、もしや彼らは弾薬を手に入れた後ではないか、という疑念を抱かせていたのである。

 それこそが、まさに昭三の狙いであった。

 もちろん先程の発砲音は、旧式小銃の空砲によるものであり、危険性はない。

 しかし、この弾薬を巡る南北のにらみ合いは、一方的な弾薬入手によって簡単に崩壊してしまう、それは双方の指揮官にはよく理解されていることであった。


昭三「よし、今なら行ける!第1悌隊、前へ!」


 そして散兵線が再び北上を開始すると、歩兵連隊側は過剰反応し、今度は北の道路の線まで後退を始めた。

 恐らく現場の小隊長では、指揮困難との判断だろう。

 しかし、これは好機であった。

 生徒隊は案外スムーズに、目標線を確保してしまったのである。


経塚「さあて、これからが忙しいぞ!」


 経塚がそう言うと、第3悌隊として後方に控えていた組が、鉄条網を数人づつで抱えて第1悌隊の警戒している場所へ持ってくると、そこに鉄条網で出来た柵を作り始めた。

 この時、北の歩兵連隊の指揮系統は、空砲騒動により混乱が生じ、この鉄条網柵の構築への対処が遅れてしまったのであった。 

 弾薬庫を含んだ地域が、完全に占領されてしまった。

 この状況は、既に同一敷地内の部隊では対処困難ということを示していた。

 また、近傍の部隊から弾薬が届くまで、少なくとも時間を稼ぐことができるのである。


経塚「よし、大体こんなもんだろう、柵にあわせて、この密度で人員を配置しておけば、突破されることはないな。で、これからどうする?」


昭三「大丈夫、第二段階へ移行だ。」


 昭三は、佳奈に対してあるお願いをしていた。

 それは佳奈の友人、橋立麻里と花岡静香に応援の要請をしてほしいという内容である。

 あらゆる方法をとって、この事実を世間に流してほしいというのがその内容であった。

 どんなに組織の高官であっても、世間の目を無視することはできない。

 自分たちの行動に正当性があると信じるならば、それらを味方に付け、形勢逆転を狙えると考えたのである。

 しかし、これは諸刃の刃であり、世間が生徒達を批判する場合、昭三と佳奈の二人に、共に歩む明日はないのである。


 ところがこの作戦は、昭三の予想外の方向へと進み始めるのである。


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