#3

 彼らがエディリーンたちを助けに来ることができたのは、彼女が仕込んでおいた式のお陰だった。エディリーンは、自分に何かあった時にジルたちに居場所を知らせるように、式を飛ばす術を組んでいたのだった。

 とは言っても、非常時用なので、意思疎通ができるような複雑な式は作っていなかった。その小さな光輝く蝶の形をした式は、エディリーンが意識を失うのと同時にグレイス邸で待機していた彼らの元まで飛び、こちらまで誘導したのだった。


 事前に「何かあれば式を飛ばす」と言っていた手前、彼らの対応は早かった。エディリーンの身に何かあったことは明白で、気を揉みながら彼女の元まで道を示す式を追った。途中、アーネストは自分の権限でもってグラナトの領主に協力を仰ぎ、兵士たちと共に現場に突入したのだった。

 廃屋の地下に捕らわれていたのは、やはり行方が分からなくなっていた、魔術師の弟子たち数名だった。彼らはやや衰弱していたが、健康状態に概ね問題はなさそうだった。――ソムニフェルムの中毒症状を催しているということ以外は。

 ソムニフェルムの影響を解毒する薬は存在しない。薬の症状から抜け出し、元のように生活できるかは、彼ら自身と、周りの助け次第だった。


 ダミアンや彼らにソムニフェルムを勧めた男たちは、攫った人間を薬漬けにして、奴隷として売るのが目的だった。そうすれば、ソムニフェルム欲しさに言いなりになる奴隷が出来上がり、かつ薬を売りつけて更なる儲けを得ることができるという寸法だったようだ。

 人身売買は、北方諸国同盟の間では禁止されている。奴隷制度があるのは、この大陸では帝国だけのはずだ。少なくとも表向きは。帝国は、制圧した国の人間を、帝国に忠誠を従わなければ奴隷として冷遇している。恭順すれば市民権が与えられるが、そうやって抵抗する気概を削いでいるのだった。


 尋問の中で、男たちは帝国が魔術師を各地から高値で買い集めている、という話を口にした。空色の髪の女魔術師を手に入れようとしているという情報も、同時に裏社会で流れているらしかった。だが、彼らはただの小悪党だったようで、それ以上の詳しい情報を聞き出すことはできなかった。

 どうやら、帝国はどうあってもエディリーンの身柄を手に入れようとしているようだった。これには、当の本人もアーネストたちも、難しい顔をせざるを得なかった。


 ダミアンは故意ではなかったにせよ、ウォルトを星見の塔から突き落としたことを認めた。ウォルトはダミアンの様子がおかしいことを気に掛け、あの日星見の塔でダミアンと対峙したが、もみ合った末に塔から落ちてしまうという悲劇が起きたのだった。

 奴隷商の男たちは、資金繰りに困っていたブラント商会に目を付け、ソムニフェルムを横流しするよう持ち掛けたのだった。ダミアンは「家業の手伝いをする」と言って度々グラナトに戻り、ソムニフェルムを手に入れていた。

 ダミアンは、孤児院から魔術の才を見出されてブラント家に引き取られた少年だった。しかし、才能に伸び悩む中、養い親から資金のために魔術学院で実績を出せという重圧を受けた。それに負けて、ソムニフェルムがもたらす一時の快楽に身を委ねてしまった。彼にも苦悩があったのだろうが、薬を広めることに手を貸し、被害を広げたことは許されないことだった。


 そして、目を付けられたのがグレイス家で働くヨルンだった。ヨルンは、ダミアンとは同じ孤児院出身の昔馴染みで、ソムニフェルムの横領を手伝えと言われた。言うことを聞かなければ、ブラント商会からの孤児院への資金援助を打ち切ると脅されて、彼らに従ってしまったようだ。

 だがヨルンは、わざと露見するように雑な帳簿の改竄を行い、グレイス夫人が動いてくれるのを期待していたらしかった。

 そして。


「申し訳ございませんでした、奥様。処分は如何様いかようにもお受けします」


 ヨルンはグレイス夫人の前に深く頭を下げて、全ての罪を告白したのだった。

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