#5

 翌朝は快晴だった。両軍とも、布陣の様子がよく見えた。

 帝国の軍勢は、およそ七千。対して、レーヴェ軍は五千。砦に常駐する戦力が三千、ユリウス王子が率いてきた援軍が二千だった。数の上では不利だが、地形を利用して上手く帝国軍を抑えていた。


 ユリウス王子が倒れたことは、一部の幹部以外には原因も含めて内密にされていた。兵士たちは、王子の姿が突然見えなくなったことに不安を抱いていたが、今朝方、王子が王家の旗を掲げながらその姿を見せ、必ず勝ってみせようと宣言したよって、大いに士気を高めたのだった。

 そして、ユリウス王子は、立派な青毛の馬に跨り、軍勢の先頭に立っていた。傍らには、側近であるアーネストが控えている。

 アーネストは若干渋い顔で、ユリウス王子に視線を投げる。


「……殿下、病み上がりなんですから、後方に控えていてはいかがです?」


 しかし、ユリウス王子はそれを軽くあしらう。


「指揮官が安全なところでふんぞり返っていては、部下に示しがつかないだろう」

「安全なところでふんぞり返っているのが、指揮官の仕事です」


 尚も言うアーネストに、


「俺はそういうのは好かん」


 憮然と言ってのけるユリウス王子。


「好き嫌いの問題ではありません。大事な御身です。万一お命を落とされたらどうするのです」

「生きているものはいずれ死ぬ。その時はその時だ」


 俺が死んで喜ぶ者は大勢いるしな、と笑うユリウス王子に、アーネストは大仰に溜め息を吐いた。


「お前はついてきてくれるのだろう? アーネスト」

「……ええ。どこまでもお供いたします」


 ユリウス王子も愚かではない。この場では、兵士の士気を高めるためにも、自分が前に出た方が効果的だと考えた結果だ。相手への牽制にもなる。自分をどう見せ、どう振る舞うのが効果的か、理解しているのだ。

 だから、アーネストもそれ以上言うのはやめた。こんなやり取りは日常茶飯事だ。自分が何を言おうが、この人は己の信じた道を行く。自分はそれについていくだけだ。


「ところで、あの娘は?」


 言わずもがな、エディリーンのことを指している。


「さあ……。どこかにいるはずですが」


 そうか、とユリウス王子は頷く。味方をしてくれるのなら、それでいい。


「さて、一気に片を付けるぞ」


 ユリウス王子は旗を掲げ、号令をかける。


「突撃!!」


 ときの声が上がり、砂塵を巻き上げて、レーヴェ軍は帝国軍の陣地へ、猛然と進軍を開始した。



 レーヴェ軍の動きは、すぐに帝国軍へも伝わった。帝国軍も、すぐに迎え撃つ姿勢に入る。

 これまでのレーヴェの戦略は、谷間の地形を利用し、帝国軍を兵を展開しづらい場所に誘い込んで戦うというものだった。地の利を活かし、数の不利を覆す戦い方だった。

 しかし、ユリウス王子が倒れ、精彩を欠いたレーヴェ軍相手なら、今度こそ落とせるはずと、帝国軍の将校たちは考えていた。

 だが、今目の前に迫ってくるのは、王家の旗を掲げたユリウス王子その人であった。


「話が違うではないか!」


 帝国の将校たちは動揺した。帝国軍は、レーヴェを小さな田舎の国と舐めているところがあった。そんな国の攻略に苦戦し、皇帝からは厳しい目を向けられ、今回こそはと小細工を弄したのだ。

 しかし、密かに帝国と通じていたレーヴェの宮廷魔術師、ベルンハルト卿からの連絡は今朝から途絶えている。おまけに、動けないはずだったユリウス王子が、軍勢を率いて怒涛の勢いで迫ってくる。

 そして、指揮官の動揺は兵士たちにも広がる。戦は物量と、兵士たちの勢いがものを言う。狼狽する帝国軍に対し、レーヴェ軍の士気は軒高だった。


「ええい、怯むな! 迎え撃て!」


 帝国軍は、乱れながらもレーヴェの軍勢に向かい合う。

 いつもなら、レーヴェ軍は適当に斬り結んだ後、撤退すると見せかけて有利な地形へ誘い込もうとするはずだ。その前に王子を仕留めればいい。

 だが、レーヴェ軍はその勢いのまま、帝国軍に突っ込んでくる。

 馬鹿な、と呟く間に、別方向からも鬨の声が上がった。


「何事だ!?」


 陣地を挟む森から、レーヴェの兵士たちが次々と姿を現していた。見張りの目をかいくぐって、ごく少人数の部隊を複数潜伏させていたのだ。三方向から攻め込まれて、帝国軍は圧倒的不利に陥った。


「なんということだ……!」

「ここは撤退を、ドレイク将軍!」


 後方に控えていたドレイク将軍に、副官が進言する。

 しかし、


「逃げられると思うな」


 声とともに、副官の胸に矢が突き刺さり、鮮血が散った。

 ケープをはおり、フードを目深に被った少年が、弓を構えてこちらに向けていた。第二射を放とうとした少年に、周囲を固めていた兵が斬りかかろうとする。だが、その兵士も少年の陰から現れた初老の男に斬られて倒れる。ドレイク将軍の側近たちは、果敢にも主を守ろうと抵抗するが、そこへ更に金髪の騎士が加勢する。三人は相当な手練れのようだ。将軍を守る者は全て倒れてしまった。

 そこへ地響きをさせながら馬を駆って飛び込んできたのは、ユリウス王子その人だった。総大将自ら敵陣の最奥へ突っ込んでくるとは、なんと大胆で呆れたことをするのだと、ドレイク将軍は驚愕の表情を浮かべる。


「その首、もらい受ける!」


 その表情を張り付けたまま、ドレイク将軍は絶命した。

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