白日(夜だけど)の下に晒すって話。
太田コンクリート跡地に辿り着いた僕は、思わず息を呑んだ。
『
けれど、倒れているのは『
『
そのお陰か、大将である
けれど、その桔梗さんの前に、二人の大柄な男が立っていた。
その二人のうち、金髪坊主頭の大男が、桔梗さんの頬に触れていた。さらにその手は頬から下へ向かおうとしていた。その大男の顔は、ねばっこい嫌な感じの笑みを浮かべていた。
僕は五年間昏睡していたので、実質的には十一歳のお子様だ。でも、あいつがこれから何をしようとしているのかくらい分かった。
「桔梗さぁぁ————————んっ!!」
だから、思いっきり叫んだ。疲れていたけど、めいっぱい。
それによって、桔梗さんも、それに手を出そうとしていた大男二人も、揃ってこちらを向いた。
「ゆきと……くん?」
呆然とした表情でそう呟く桔梗さんの腕を掴み、強引に引き寄せて大男二人から離れさせる。
それからその背中を受け止め——
「って
ようとしたけど、彼女の体はその細くしなやかな見た目に反して、石像みたいに重かった。どうにか受け止められたけど。
「し、失礼ねっ!! 重くないわよ!! 幸人くんが貧弱なのっ!!」
桔梗さんがサッと顔を赤くして反論してきた。
いかん、たしか女性に対して「重い」は禁句なんだった。
でも、さっきの真っ青で呆然としていた感じの桔梗さんよりも、明らかに元気になった。
まぁ、今はそれよりも。
「桔梗さん、早速で悪いんですが……あいつら、しばき倒せますか?」
僕は、僕の来た方向から走ってきていた六人の中国人の男を指差した。
桔梗さんはきょとんとした顔で、
「誰?」
「武陣会の奴らです。僕を追ってきました」
「え、なんで武陣会に?」
「あいつらをどうにかしたら教えます。今はとにかくあいつらが邪魔なので」
まだ状況が飲み込めないといった顔だったが、とりあえずあの六人をどうにかすればいいということだけは分かったようで、僕の腕の中から離れてそいつらの方へ向かった。
「
「ああぁ!?」
飛んできた中国語を聞いたとたん、桔梗さんが額に青筋を立てた。
やってきた攻撃を紙一重で回避し、決めて級の一撃を叩き込む——そんなルーチンを六回繰り返すだけで、あっという間に六人の新しい雑魚寝が出来上がり。
うわ、やっぱすげー……でもなんだろう。桔梗さんはまだ怒りが冷めない様子。倒れた相手をゲシゲシ蹴ってるし。
「あの、桔梗さん……何怒ってるの?」
「だって! こいつらウチのこと「ビッチ」って言ったのよ!? 失礼しちゃうわよね! ウチはまだ処女だっての!」
「中国語、分かるんですか」
「日常会話程度ならね。ちなみに英語もいけるわよ」
「へぇー、すごいですね」
「今度、英語の授業で分からないところがあったら見てあげよっか?」
「あ、はい、是非お願いしま——」
「————テメェらぁ!! いい加減にしろやぁぁっ!!」
僕らの会話を、猛烈な怒号が打ち切らせた。
発したのは、あの金髪坊主頭と一緒にいるもう一人の大男。ソフトモヒカンの奴だ。
「おいガキャァ!! テメェいきなり現れてなんなんだぁ!? こっちは今取り込み中なんだぞボケナスがぁ!!」
金髪坊主もそのように怒鳴り声を発する。「ガキャァ」とは、この状況を見るに僕を指しているのは明白だろう。
「……あの金髪坊主が『
桔梗さんがぼそりと耳元で呟いてくれる。
なるほど、こいつらが……
「だいいち、テメェ何モンだぁ!? もしかして、その
ソフトモヒカンの菅野が、小指を立てながらそう叫ぶように言った。
えっと、「コレ」って…………あぁ、恋人のことか。小指のジェスチャーじゃ分からなかったけど、「俺の女」って言葉でピンときた。
いや、恋人とかではない。そもそも僕と桔梗さんじゃ釣り合いがとれない気がする。
でも、手を出すな、って気持ちは本物だ。恋人ではないけど、桔梗さんは大事な人だ。
「そうだ。桔梗さんに手を出すな。桔梗さんは僕にとって大事な人だ。手を出したら僕は君達を抹殺するぞ。社会的に」
僕がそう言った瞬間、リーダー二人は眉間の
「けど、僕がここに来た理由はそれだけじゃない。今回の件の、もっと根本に関わることだ」
「え……ど、どういうこと? 幸人くん?」
「今回のこの抗争は、悪意ある第三者によって仕組まれたものだ」
桔梗さんは驚いてくれたが、リーダー二人は白けた顔をした。金髪坊主の井原が呆れた口調で、
「はぁぁ? テメェいきなり何言ってやがる? 仕組まれたもの? んなわけねぇだろ。俺らが先にそのハクビシン共に仲間を半殺しにされたんだ。だから俺らは仇を取るために——」
「それをやったのは、『
「じゃあ誰だよ?」
「『
桔梗さんはまたも息を呑んで驚きを示してくれたが、やはりリーダー二人は鼻で笑った。
「バカも休み休み言えや小僧。なんで武陣会が俺らを闇討ちしなきゃいけねぇんだよ? そんなことして、連中にどんな得があるってんだ? ——おい! 誰かこの邪魔なガキをつまみ出せ!」
菅野の命令に従い、周囲に立つ敵チームの一人が歩み出ようとした。
「——コレを聞いてもそう言えるかっ!!」
だが、僕はありったけの声量を張り上げて、そいつの動きを止めた。
場が静まり返った。そのうちに、僕はスマホの録音データを音量最大で再生した。
電子化された「王」の音声が紡ぎ出すのは、今回の抗争が仕組まれたものであったという真実。
データが進むにつれて、迷惑そうだったリーダー二人の表情が、面白いくらいに驚愕に染まっていく。
再生が終わった頃には、周囲の二チーム連合はすっかりざわついていた。
「証拠はコレだけじゃないよ。——おい、モヒカン君。さっき桔梗さんがやっつけた中国人の右袖をめくって、二の腕を確かめてみなよ」
僕は菅野にそう告げた。見るからに他人の頼み事なんか聞きゃしないであろう見た目の男だったが、驚愕の事実にナーバスになっているためか、素直に僕の言う通りに動いた。
「っ! こいつは……!?」
菅野は中国人の右袖をめくり、さらなる驚きようを見せた。それは、井原も桔梗さんも同様だった。
袖をめくられて露わになった中国人の右二の腕には、武陣会のタトゥーが入っていたのだから。シールによる偽物ではない。本物の刺青だ。
「今の録音データは、
「なんで樹くんは幸人くんに送ったの? ウチに直接送ってくればよかったのに」
「いっちゃん、桔梗さんのアドレス知らないんですよ。だからいっちゃんの知り合いの中で、唯一桔梗さんのアドレスを知っている僕に白羽の矢が立ったという感じです」
僕は呼吸を整え、もう一度口を開いた。
「これが、僕の今知ってる全てだ。これを口にした上でもう一度言わせてもらう。——この戦争は仕組まれたものだ。勝っても負けても、何の意味も無い。ただのくたびれ儲けだ」
「……おう、一つ聞かせろや」
井原が質問してきた。
「武陣会はどうしてこのハクビシン共を潰したがってる? その動機が分かんねぇ」
「そこは僕にも分からない。でも、そんなことはさして重要なことじゃないだろ?」
「んだと……?」
井原が
体の中心が一瞬震えるが、それを抑えて言葉を続けた。
「武陣会はどうして戦争を煽ったのか——今重要なのはそこじゃない。重要なのは、目の前に突きつけられた「事実」だけだ。「武陣会の差し金で意味の無い戦争をさせられた」という、純粋な「事実」があるだけだ」
僕は指を二本立てる。
「あんた達に課せられた選択肢は二つだ。今の「事実」から目を背けて武陣会の手のひらの上でアホみたいに踊り続けるか、今の「事実」を受け入れて武陣会の手のひらから離れるか。——あんたはどっちがいい? ピエロになりたいのか、なりたくないのか」
うわぉ。我ながらナイス論点ずらし。
こいつらにだってプライドがあるだろう。やられっぱなし、弄ばれっぱなしでいることをヨシとはしないはずだ。ましてこいつらは暴走族。チームのメンツというものがあるだろう。
そのプライドを刺激してやることで、敵意の矛先を操り、戦争続行を避ける。
まさに火之巻の「将卒を知る」だ。
しばらく黙りこくった井原と菅野だったが、やがてその視線が、ゆっくりと中国人達に向いた。
ドスドスと早歩きで近づき、その顔面を蹴っ飛ばした。
「おい、雌ハクビシン。おめぇ、中国語が分かるっつったよな? 俺らは今からこいつらのタマリ場を自白させる。こいつらが言ったこと聞き取れや」
「そいつら日本語も話せるわよ? 日本生まれも多いし。中国語で言ったら「日本語でおK」とでも言えば?」
「そりゃいい。……オラァ!! 日本語でオーケーだオラァ!!」
「オーケーだオラァ!!」
変な掛け声を発し、武陣会の連中を痛めつけ始める敵リーダー二人。
きっと、連中がタマリ場を吐くまで、これは続くだろう。
……あれ? これって拷問ってやつじゃね?
>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>
もうちっとだけ続くんじゃ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます