女子高生が警官相手に実技試験(健全)する話。

 防犯訓練である以上、電車の中に他の乗客がいるという前提で行われるものだ。


 しかし、現在は乗客役の人たちは退散し、回送電車に乗っているのは桔梗さんと警官達だけだった。


「……どうして乗客役を追い出した? 乗客がいなかったら訓練にならないだろう」


 そう問うた警官の一人に、桔梗さんはあっけらかんとした態度で答えた。


「ダメ。そしたらウチ、


「なっ……卑怯だぞそんなのっ!?」


「その「卑怯なこと」を積極的にやってくるのが犯罪者のはずなんですけどねぇ? それを想定してないのが、あの訓練の第一の問題点よ」


 理詰めにされ、押し黙る警官達。 


「それにコレは、あんたらの「至らなさ」が何であるかを体で教えるための訓練だもの。ウチvsたいあんたら、だけじゃないと純粋な訓練になんないでしょうが。……あ、「体で教える」って表現、ちょっとエロくね?」


 その人を食ったような言動に、警官達の表情が険しくなる。


 あーやめてくれー、あんまり煽らないでー……僕は電車外からそう念じる。


 しかし、桔梗さんはそんな念じをカケラも察する事なく、呑気に模造ナイフを片手で弄んでいた。


「んじゃ、ヨーイスタート、で開始ね。おーけー?」


 警官達は頷く。


「んじゃ——ヨーイスタート!」


 瞬間、警官の一人が刺股さすまたを先んじて、桔梗さんに突っ込んだ。


 その鋭い勢いに、しかし桔梗さんは少しも動じることなく、


「直情的」


 そう断ずると同時に、体の位置を瞬時にズラす。


 刺股が空を切る。


 その刺股のに、桔梗さんの右手が食いつく。


「あらよっと」


 、桔梗さんは勢いよく後方へ重心を移動させた。


「う、うわぁっ!?」


 刺股に引っ張られ、警官の体が前のめりに流される。


 一方、桔梗さんはそんな警官へ向かって歩を進めていた。


 とどうなるか。……接するのが早くなる。


「サクッとな」


 そんな気の抜けた声とともに、桔梗さんの模造ナイフの刃が警官の喉元を優しく撫でた。


 無論、模造ナイフなので、警官の喉からは血が一滴も出ない。キョトンとしている警官。


「ほら、何やってんの。。死んだフリなさいよ」


 そう訴える桔梗さんの横合いから、別の警官の刺股が襲ってきた!


 しかし桔梗さんはそれを見もせずに靴裏で受け止め、そのまま素早く踏みつけて地面に縫い止めた。


「うおっ……」


 刺股に流される形で不安定に前傾したその警官。桔梗さんは瞬時に距離を詰め、警官の喉に「グサーッ」と模造ナイフの先端を寸止めした。


「はい殉職者二名ぇー」


 そう呑気に言いつつも、次の相手への気配りを忘れない桔梗さん。背後からガタイの良い警官が両手を上げて迫っていた。なるほど、刺股を使わないといけないなんてルールは無い。腕力にモノを言わせて捕まえたって構わないのだ。


 しかし、やはり桔梗さんの方が上手うわてだった。


「うはっ!?」


 迫っていた警官が、呻きを上げて途中で止まった。


 桔梗さんは、直前に殺した(という設定の)警官の手元にある刺股を操り、そのU字形にすっぽりハメる形で彼をストッピングしていた。


 突進の勢いを削がれてびっくりしていた一瞬を、桔梗さんが見逃すはずもなく。


「はいバッサリ」


 素早くすれ違いざま、喉元を模造ナイフで撫でた。


「三人殉職ー。やっば、ウチこの歳で連続殺人犯? 少年法適用されるんだっけ?」


 変わらず人を食ったようなその言動に、三人目のガタイの良い警官がカッと表情を赤らめた。


 ——マズイ。


 僕がそう思ったのと同時に、ガタイの良い警官は勢いよく桔梗さんへ踊りかかった。


 しかし、やっぱり桔梗さんの方が上手だった。


「ほいっと」


 腰を落としながら身を進め、たがねを打つように警官の懐深くへ潜り込む。

 

 警官は突進の勢いをそのまま利用されるように、にゅるりと


 いや、それは「持ち上げた」というより、ヌメッとした質感の魚が人の手の上を滑るような、そんな「自然な流れ」を感じさせる、鮮やかな「術」だった。少なくとも、筋力で持ち上げたわけでは無いことは確かだ。


 さらに桔梗さんは持ち上げた流れそのままに警官の手を取り、空中で半回転させ、背中から床に叩きつけた。


「がはっ!?」


 空気を絞り出したみたいな呻きを吐き出す警官。その目玉に、桔梗さんは模造ナイフの切っ先を寸止めさせ、冷厳に告げた。


「——死人が生き返ってんじゃないわよ」


 さっきまで血気に満ちていた警官の表情が一気に青ざめる。


 桔梗さんはすっくと立ち上がり、残った警官達へ視線を移した。


 さっきまでは不満に満ちていたのに、今や驚愕と畏怖の顔しか見えない。


 そんな彼らに、桔梗さんは微笑みかけた。


「さぁて、可愛い顔した通り魔はまだまだ元気いっぱいだぞぉ? 正義のお役人様がたは、この許しがたい社会悪を捕まえられるのかしら?」


 言いながら、落ちている刺股を蹴り上げ、手に取った。


 それを見た警官の一人がまたも言った。


「ひ……卑怯だぞ!? こちらから道具を奪うなんて!」


「だからその「卑怯なこと」をやってくるのが犯罪者なんだってば。法を犯したから犯罪者なの。遵法精神にあふれた犯罪者を期待してるのなら、この訓練はよ」


 桔梗さんは、清々しいくらいあでやかな微笑を浮かべ、刺股を警官達に向けた。


「さ、勝ち目の限りなく薄い捕物劇とりものげきは、まだまだこれからよぉ?」


 










 結論から言おう。


 まったく歯が立たなかった。


 桔梗さんの実力は、笑っちゃうくらい圧倒的だった。


 女性にしては少し背が高い程度で、腕は全然細い。


 そんな女性が、大柄な警官達を軽々とあしらい、「殺して」いく。


 全員が「死んで」訓練が終了するまで、五分とかからなかった。


 桔梗さんは模造ナイフをくるくる弄びながら回送電車から出てくる。……息切れ一つしていなかった。


 対し、警官達は重い足取りでゾロゾロ出てくる。みんな、何かに取りつかれているようなダウナーっぷり。女性一人捕まえられなくて悔しいのか、技をかけられた衝撃が残っているのか、あるいはその両方か。


「はい終了。ウチの勝ちー。警官達は死屍累々。ニュースではどでかく取り上げられて、末は機動隊かSATってとこかしら。ははははっ! 拳銃チャカ一つ持ってない女の子一人捕まえるために警備部が雁首がんくび揃えてすっとんでくるとかやっべーわこの国の警察組織!」


 桔梗さんのせせら笑いに、一番若そうな警官が顔を真っ赤にして言い放った。


「お前なんなんだよ!! さっきから! 馬鹿にしやがって!」


「ウチ? ウチはごく普通の可愛い女学生よ? こう見えて成績は学年主席だし、おまけにこんな美人ときたもんだ」


「嘘をつけよ!! 普通の学生にこんなことが出来るわけがない! お前何者だ!?」


 かぁん!!


 桔梗さんが、奪い取った刺股の柄尻で地面を突いた音だ。


 有無を言わさぬ鋭い音と気迫で、僕を含む、全員が押し黙った。


「…………あのねぇ、問題なのは「ウチが何者なのか」じゃない。——「ウチを捕まえられずにみんな殺されちゃったこと」のはずでしょ? 


 桔梗さんは、淡々と、しかし要所要所で棘を含んだ口調で告げていった。


「この訓練は始まった時点で間違ってる。ナイフやスプレーみたいな単純な武器しか持っておらず、移動も全然しない、刺股に逆らわない、簡単に得物を奪わせてくれる……そんな都合の良い犯人しか想定していない。銃を持った相手は言うに及ばず、普通の犯罪者にすらこれは通用しない」


「何言ってるっ? 銃なんてそうそう手に入る訳が——」


「勉強不足。この国で摘発に至っていない拳銃の総数は二万丁を超えるのよ? これは国内のヤクザの数とほぼ同数。おまけに今は3Dプリンターとかが発達してるから、拳銃かそれに類するモノを自作しようと思えば出来る。分かる? 絶対に銃を出さないなんて保証は無いの。銃刀法で止められるのは起こる前の銃犯罪だけ。起こってしまったら実力行使しかなくなる。——ああ、断っておくけど、別にウチはその腰のチャカでどうにかしろとか言ってるんじゃないの。銃持ちじゃない相手には、銃は極力使わずにっていう考えにはウチも賛成。「すぐ撃って良い」ってことになると心理的に引き金が軽くなっちゃう。それもまた危ないし。……でも、こんなクソみたいな訓練じゃ、「銃無し」で対処する能力は育たない。チャカを抜かないといけなくなるわね」


 止まらない桔梗さんの酷評。


 彼女は、手に持った刺股を見せつけた。


「極め付けにクソなのが、この刺股。——何これ? じゃない。江戸時代の刺股はね、U字の外側とその付近の部分にが付いてて、相手が満足に握れないようになってたの。それなのにコレは何? トゲの一つも生えちゃいない。こんなもん役に立たないわよ。殴るくらいには使えるけど、それならコレじゃなくたっていいわよね? まさに防犯意識の抜け落ちたあんたらの性根を象徴しているような道具よねこれ」


「何だと——!!」


?」


 逆上する警官に、桔梗さんは細く睨みをきかせた。


 途端に、警官は縮むように大人しくなった。


「よかったー、馬鹿じゃなくて。いくら防犯意識薄弱だからって、すら持ってなかったら、いよいよもって処置無しだわー。……行こ、幸人くん。デートの続きしよ」


「え、あ、ちょっと……」


 すたすたと去っていく桔梗さんに引っ張られるように、僕もその後を慌ててついて行く。


 ——なんか、いつもの桔梗さんじゃないみたいだ。






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