Stage2-29 俺はお前が欲しい


「……オウガ君はどうしてシェルバが犯人ではないとわかったんですか?」


「シェルバのローブについていた血だよ。死亡直後とは思えないほど乾ききっていた。おそらくあんなに肉体がボロボロになっていたのは、これを使ったせいだろう」


 俺はポケットからシェルバの死体の横にあった【肉体強化ドーピングエキス】が入っている試験管を取り出す。


「こいつには俺も知識があってな。肉体に適合しなければ悲惨な結果を招くことを知っていたんだ」


「……それは想定外でした」


 それもそうだろう。アリバンとの一件があってから、ヴェレット家で【肉体強化エキス】について研究が行われていることはトップシークレットだからな。


「でも、それだけではシェルバ君が犯人でなくても、私が犯人ということにはなりませんよね」


「匂いだよ」


「……匂い?」


 レイナは自身の体にスンスンと鼻を近づけるが、よくわからず首をかしげる。


「……私、くさくないですよ?」


「別にくさいとは言っていない。むしろ、良い匂いだったからわかったんだ。お前にはありふれていても、俺にとっては特別な香り」


「なるほど……そういうことですか」


 そこまで言えば彼女も気づいたようで、少しだけ悔しそうな表情を見せる。


「そう。ラムダーブ産の茶葉の匂いだ」


 正確には茶葉と混ざったレイナの香りだが。


 黒ローブを羽交い締めにしたとき違和感を覚えたのは、すでに嗅いだことのある香りがしたからだ。


 ……あの時、手のにおいをしっかり嗅いでおいたのがファインプレーだった。


「お前の頭をなでて、確信したよ。まったく同じ香りがしたから」


「……まさか匂いが決め手だっただなんて……オウガ君は本当に変態さんですね」


「その不審者を見るかのようなまなざしはやめろ 。……お前が犯人だと仮定すると、全てが違和感なく当てはまったよ」


 学院長という猛者たちが倒されたのも味方だと思っていた人物の不意打ちだったから。


 扉に触れていたのを見せたのも、俺たちにレイナが部屋の中にいると思わせるため。


 黒ローブの時、部屋に入るのを執拗に防いだのは中が空っぽであることを気づかせないため。


「アリスの攻撃を受ける直後、【火炎の爆弾フレイム・ボム】を撃ったのも一時的に視界を塞ぐためだ。そのすきにお前は火をつけたローブを空から落とし、あたかも攻撃を受けて落ちたかのように見せかけた。元々、あの位置にシェルバの死体を置いておけば、奴が落下死した現場のできあがりだ」


 シェルバの髪色は黒で、身に纏っていたのも黒のローブ。夜では気づきにくい配色だ。


 生徒たちも部屋に押し込められ、教師も内部に気を取られていたなら、なおさらに。


「その後、部屋の中に入り、気を失ったふりをして俺たちの突撃を待てば……全て完璧というわけだ」


 それらを全て説明すると、レイナはパチパチと拍手を鳴らす。


「オウガ君は公爵家の当主よりも推理作家の方がお似合いかもしれませんね」


「皮肉か? 解けていない部分もある。どうして複数魔法適性保持者でもないお前が炎属性の魔法も使えたか」


「あら、本当です。オウガ君はどうしますか?」


「……推測だが【肉体強化】があるなら、魔法に関する強化薬があってもおかしくないだろう」


「……正解です。これで言い逃れができなくなってしまいました。どうしましょうか、オウガ君?」


「そう言うわりにはまったく気にしてなさそうだが?」


「……そうですね。オウガ君の言うとおりです」


 彼女の語気は非常に弱々しい。


 なのに、表情は笑顔とちぐはぐなことになってしまっている。


「だって、私はここであなたを殺しますから」


「フローネに頼まれたから、か?」


「違います。先生は関係ありません」


「レイナ。俺はお前の本音が聞きたい」


「フフッ、おかしなことを言いますね。私は、きちんと私の意思で話して」


「だったら、どうして俺から逃げようとするんだ?」


「……えっ」


 俺に指摘されるまで彼女は自分が後ずさっていることに気づいていなかった。


 つまり、無意識に取った行動。


 心の奥深くに沈んでいる本当の気持ちが、彼女の脚を動かした。


 今までの俺の行動は無駄じゃなかったんだ。きちんと彼女に響いていた。


 心を開いてもらうために俺が隠し事をしてはいけない。


 俺も嘘偽り一つ無い本音をぶつけていく。


「レイナ――俺はお前が欲しい」


「……嘘はダメですよ。オウガ君が私を欲しがる理由なんてないじゃないですか」


「そうか。なら、一つ一つ説明してやろう」


 昨晩、俺はずっと考えていた。


 彼女を手に入れるために俺がなすべきことは何なのか。


 たどり着いた結論は二つ。


 一つはフローネという呪縛から彼女を解放してやること。


 もう一つはレイナ・ミルフォンティという存在を肯定して、受け入れてあげることだ。


「俺はレイナの気遣いができる性格が好きだ。いつだって周囲に目を配っていたな。そういった優しさを兼ね備えていることを知っている」


 それこそ適当で良いのに俺たちにしっかり業務を教えてくれた。


 発足式だってマシロを気に懸けていたし、ラムダーブ王国についてからも引っ張ろうとしてくれたな。


「そんなの全部演技ですよ。あなたたちの信頼を得るための仮面で」


「演技だったらダメなのか? 演技で作り上げた仮面もお前の一部だろう。だから、俺は肯定する」


 この演技をしている性格だって、彼女が生きていく上で必要だったから生み出されたもの。


 だったら、それもレイナ・ミルフォンティであることに間違いは無いのだ。


 無意識に演技くさい彼女をいらないと決めつけていた過去の俺を殴りたいくらいだね。


「レイナのふとしたときに見せるクスリと微笑んだ顔が好きだ。お泊まり会で見せてくれた真っ赤に照れた顔も可愛かった」


「……違うんです。それも楽しいフリをしていただけで……」


「だったら、今度こそ本当の笑顔を引き出してみせる。もっとレイナが欲しくなったな」


 俺はレイナに一歩ずつ歩み寄る。


 そのたびに彼女は一歩ずつ後ずさる。


 一向に縮まらない距離。だけど、やがて限界は来る。


「あっ」


 幾度の言葉の投げかけを経て、ついに彼女の背が壁に付いた。


「レイナの淹れてくれる紅茶が好きだ。お前の紅茶は人の心を温かくしてくれる。毎日飲んだって飽きやしない」


「……あんなの誰だってすぐにできます。オウガ君はすぐに騙されるお人好しだから、ああ言っておけば同情を買えると思って 」


「それが嘘だってことはバカにだってわかるさ、レイナ」


 そう言って、俺は震える彼女の手を取る。


 紅茶の匂いがしみこんでしまった彼女の手を。


「レイナがずっと紅茶を好きでいてくれたから、俺はここにいる。こうやって向き合って語り合える」


「……ダメなんです、オウガ君。もう私はダメ……っ」


「いや、今からだ。俺たちは今から始まるんだ」


「――もう遅いんですっ!」


 腹の奥底から出てきた悲鳴のような叫び声が耳をつんざく。


「ぐっ……!?」


 俺の手を振り払ったレイナの蹴りが脇腹に突き刺さる。


 その細身からは考えられない脚力に耐え切れなかった俺は砂煙を上げながら地面を転がった。


 ……そうか。今ので確信したよ。彼女の肉体の秘密を。


「レイナ、お前……」


「……これを見ても、まだオウガ君は私が欲しいと言えますか?」


 ローブを脱ぎ捨てたレイナはプツリ、プツリと一つずつ制服のボタンを外していく。


 そして、あらわになる埋め込まれたまがまがしい機械と管の数々。


 胸部につながれた機械には見覚えのある緑色の液体と知らない赤色の液体が入った瓶が取り付けられていた。


「醜いですよね? 気持ち悪いですよね? こんな女」


 レイナの指は機械をなぞり、管を伝って、己の胸を叩く。


 すると、決して人体から出るはずのない金属音が鳴った。


「私の体はもうグチャグチャ。体が壊れないように何本も鉄が入って、肉を削って、成長も衰えもしない。人間じゃない。人形なんです」


 震える声。漏れ出そうになる嗚咽をかみ殺して、彼女は己の頬に人差し指を当てる。


「……もう普通の人生を歩むことなんてできない……。ずっとわかっていたのに……あなたとの時間のせいで、こんなに苦しんで……」


 ボロボロになった仮面を、それでもまだレイナは被ろうとする。


「もし、オウガ君が私を思ってくれるなら……ここで死んでください」


「……俺が死んだらレイナは幸せになるのか?」


「はい、そうです。先生に褒められて、私は幸せに――」


「――だったら、俺を殺してみせろ」


「……【雷光サンダー】っ!」


 レイナから放たれた見事な【雷光】は一直線に俺を捉える。


「ぐぅっ……!」


 ほとばしる電流が全身を駆け巡る。


 体の内が焼かれるような感覚に襲われ、グラリと視界が霞む。


 ……歯を食いしばれ! 漢の見せ時だぞ、オウガ・ヴェレット!!


「……いい一撃だ」


「……どうして……?」


「どうして【魔術葬送デリート】を使わないとでも言いたげだな」


 そんなの答えは一つに決まっているだろう。


「俺はお前の攻撃を避けるつもりはない」


 この攻撃は彼女の気持ちだ。


 彼女を受け入れるなら、この気持ちから逃げてはならない。


 だから、また一つ俺は彼女のことを知れた。


「おかげでやっぱりレイナは優しいって再認識できた」


「何をバカなことを……私はあなたを攻撃して」


「ああ。魔法で攻撃したんだ。俺が【魔術葬送】でダメージを受けないで済むように」


 彼女は俺の【魔術葬送】のことを知っている。


 本当に俺を殺したいならば先ほどの蹴りのように物理攻撃を放つべきだった。


「また一つ。お前が欲しい理由が増えたよ、レイナ」


 そう言って、俺は再び足を踏み出す。


 離れてしまった彼女との距離を埋めたいから。


「……っ! 【雷の十六矢サンダー・アロー】!」


「ぁぁぁああっ……!!」


 雷の矢が突き刺さり、筋組織を焼き切るような熱に襲われる。


 その場に倒れてのたうち回りたくなる気持ちを、爪を肌に食い込ませて堪える。


 ……レイナと出会った頃の俺が、今の俺を見たならばどう思うだろうか。


 放っておいて悠々自適に暮らせば良いのにと、きっと鼻で笑うだろう。


 だけど、今の俺は彼女を救いたいと心に決めたのだ。


 前世と違って、好き勝手にやりたい放題したいと俺は悪役を目指した。


 だったら、これも俺がやりたいことだ。


 俺は俺自身の信念に従い、レイナを救いたい……!!


「立たないで! 本当に私はあなたを殺しますよ!」


「クックック……上等だ。やってみせたらいい」


「……【雷の剣舞サンダー・ロンド】!」


「――――っ!!」


 奥歯が削りきれるくらい食いしばって、声を出さないようにする。


 代わりに体が悲鳴を上げて、脳へと危険信号を送っていた。


 世界によって与えられた肉体をもってしても限界を迎えようとしている。


 自分が踏み出している足が右なのか、左なのか。


 その認識さえあやふやで、ただ倒れてはいけないと。


 それだけの意識でまっすぐレイナの元まで足を進める。


「どうして立ち上がるんですか……? 本当に……このままじゃオウガ君は死んで……」


「……レイナ、が……欲しいから」


「まだ、そんな戯れ言を言ってるんですか……? 私は罪を犯して、みなさんを騙そうとした女ですよ?」


「俺の気持ちを決めるのは、俺だけだ」


「……きっと人々だって黙っていません。私をかくまったらオウガ君の評判だって悪くなります」


「世間が許さなくても、俺が許す。世界が敵になっても、俺は……お前の味方だ」


「……もう……そんな言葉で……あなたの優しさで……」


 肩をふるわせるレイナ。


 ギリリと握りしめられた拳を彼女は大きく振り下ろした。


「私に希望を見せないで……!!」


 ――パシンと乾いた音が響く。


 俺の突き出した手のひらと彼女の拳がぶつかり合った音だ。


「なっ……!?」


「……やっとお前から歩み寄ってくれたな、レイナ」


 ずっと後ろに下がってばかりだった彼女が初めて前へと踏み出してくれた。


 合わなかった視線が、レイナとやっと重なり合う。


「お前がどれだけ自分を否定しようと俺がお前を肯定してやる。その体だって、全部まるごと俺はお前を受け入れる」


「…………本当に?」


「オウガ・ヴェレットの名にかけて」


「……なら」






「……オウガ君は私の過去も全て受け入れてくれるんですか ?」









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