第61話 静寂の街
世間的にはメトロズとミネソタの対決を、今年も熱いワールドシリーズになると考えているらしい。
だがミネソタの首脳陣も選手も、そんな甘い考えではいられなかった。
シーズンでは114勝もしたミネソタは、勝ち星ではメトロズを上回る。
しかし八月以降の成績を見れば、明らかにメトロズは戦力を強化していた。
MLBの連勝記録も塗り替えて、二ヶ月間の勝率は90%を突破。
現時点での戦力を比べれば、メトロズとミネソタ、どちらが勝つかは明らかであった。
そもそもポストシーズンに入ってから、シアトルには苦しめられたし、ヒューストン戦でもバッティングが振るわなかった。
去年のポストシーズン、ミネソタは直史一人にやられたと言ってもいい。
まずは先制攻撃のように、一安打完封のマダックスでスタート。
そのダメージが残っていたのか、第二戦はスターンバックに、延長戦まで抑えられてしまっていた。
そしてその後の二試合も、逆転のチャンスがあるかという打順の場面で、直史に抑えられてしまっている。
結局は4-0のスウィープを食らってしまったのだ。
去年のアナハイムと、今のメトロズ、果たしてどちらが強いか。
アナハイムには大介と武史がいなかった。
ただしメトロズは、リリーフ陣に弱点を抱えている。
ほぼ確実に完投する先発と、ブリアンをも上回るアベレージスラッガー。
この二人への対処も考えなければ、とても勝てるものではないと思った。
直史が先発に回る可能性は、既にポストシーズンで二試合に先発していることから、充分にありうることだと思っていた。
実際に第一戦、直史は先発してきた。
しかしそれはメトロズが、クローザーとしては直史を使えないことにつながるのではないか。
直史を打てないとしても、武史やその他のピッチャーをどう攻略するか。
正直なところそのあたりを考えなければ、メトロズの攻略の糸口は見えず、スウィープで敗北する可能性も高い。
重要なのは、武史を攻略すること。
ただミネソタの主力の中で、武史と対戦したバッターはいない。
もちろんあの映像だけを見ていても、とんでもないピッチャーだとは分かるのだが。
そして攻略までは出来ないまでも、直史を少しでも削っていかなくてはいけない。
直史のピッチングの特徴は、球数を少なくしてのグラウンドボールピッチャーだ。
先発も出来ればリリーフも出来るという、その柔軟性はあまりにも厄介だろう。
なのでまず、待球策を徹底する。
幸いなことに直史の球速は、MAXでも95マイルに届かないぐらい。
どうにかカットして、球数を増やせば、ワールドシリーズ全体を見たとき、ある程度の効果はあると思われる。
そんなわけで、待球策をした結果がこれである。
115球を投げさせて、果たして消耗させることが出来たのか。
内野安打が一本出たとはいえ、そこから直史を崩すことは出来なかった。
一番球数を投げさせて苦しめたと思えたアレンも、最後には打ち取られてしまった。
球数だけはそこそこ多いが、投げたボールのスピードを考えれば、かなり出力は落としていたのではないか。
必死でパーフェクトだけは防いだように見えるし、マダックスも達成させなかった。
だがそれだけだ、とも言える。
直史を消耗させることが、ミネソタの作戦であった。
しかしこの球数で、果たしてそれが出来ているのか。
もちろん実際に直史は、精神的には疲労していた。
だが去年のワールドシリーズを考えると、とても疲労が蓄積しているとは思えない。
延長まで投げさせて、ようやく大介が打ったのだ。
ただこんなことを、選手たちに考えさせてはいけない。
首脳陣は絶望しそうになっていた。
だがそれはそれとして割り切る。
メトロズが直史の起用方法を間違えれば、充分に逆転のチャンスはある。
それが野球というスポーツなのだ。
第一戦の直史はともかく、第二戦の武史相手なら、どうにかなる可能性は高い。
今年は一試合負けているし、他の試合でもそれなりに点は取られている。
それでも防御率は1を切っているが、ミネソタの強力打線とは、対決したことがないのだ。
武史はつまるところ、MLB第一のチームの打線と、第二のチームの打線とは、対決していない。
三番目であろうサンフランシスコとは、それなりに対戦成績がある。
ただリーグチャンピオンを決定するシリーズでは、完封を達成している。
やはりそう簡単に勝てる相手ではないだろう。
当事者たちとしては、メトロズは上手く戦力を運用出来なければ、首脳陣のミスで勝てない、と首脳陣が思っていた。
そしてミネソタの方は、ある程度の幸運がないと、勝てないだろうと思っている。
二人のサトー以外が投げる試合で、どれだけ勝てるか。
確かにメトロズがミネソタから勝利を奪うのには、直史と武史の他に、ジュニアぐらいが必要だろう。
しかしジュニアにしても、一試合を完投するのは難しい。
リリーフが薄いという、何よりクローザーがいないという、メトロズの状況は変わっていない。
直史を先発に戻したために、こういった弊害が起きてはいるのだ。
直史を先発として使うのと、リリーフとして使うのと、どちらが正しい選択なのか。
ある程度の人々は、そんなもの先発に決まっている、と簡単に判断出来る。
直史が投げる試合で、メトロズが負けることは考えにくい。
そして武史が投げるにしても、メトロズ打線は充分に打撃で援護できるはずだ。
たとえば樋口などは、直史と武史が先発ならば、第一戦と第二戦、第六戦と第七戦の先発に使って、それで勝てばいいと考えるだろう。
このあたりの思考は、実は坂本も似ている。
完全に数字で判断するセイバーなども、勝つのはメトロズだと結論付けるだろう。
もちろん直史はともかく、武史がミネソタと対戦していないという、その事実を前にしても、判断は変わらない。
ア・リーグでアナハイムとミネソタ、両方と対戦した者たち。
たとえば井口、織田、蓮池などは直史が勝つと確信する。
メトロズが勝つのではなく、直史が勝つのだと。
ナ・リーグでメトロズと戦った本多などは、ミネソタとは対戦していない。
だがそれでも、勝つのはメトロズだと断言するだろう。
直史と大介が揃ってしまったのだ。
この二人がいるなら、直史が先発する試合は、必ず勝つだろう。
あとはそれ以外の試合で、どういうようにピッチャーを運用するかだ。
メトロズとミネソタでは、リリーフ陣だけはミネソタが明らかに上回っている。
もしも逆転があるとすれば、その部分だろう。
アナハイムの新オーナーとして、今年のストーブリーグを戦うセイバーは考える。
直史がいなくなるとはいえ、おそらくクローザーを獲得するメトロズと、今年とほぼ戦力は変わらないであろうミネソタ。
来年のアナハイムが倒さなければいけない、二強と呼べるチームはこの二つ。
そしてアナハイムは幸いにも、来季は選手獲得に使える資金がそれなりにある。
ぜいたく税が一度リセットされたため、逆にもう一度その上限を超えてしまう、という戦略が可能になった。
打線ではターナーと樋口が復帰し、ピッチャーはスターンバックがリハビリに入っている。
直史を売り払ったため、プロスペクトを手に入れたし、資金的にも少し余裕が出た。
ただ問題は今も、わずかずつであるが球団の資産価値が、目減りし続けていることだが。
セイバーの場合はアナハイムのもつ球団資産を担保に、他のことに金を使っていない。
他の金儲けのためには自分の金を使っており、球団の資産価値については、完全に分離して管理しているのだ。
よってアナハイムの価値が安くなっても、ほかの資産まで連動して下がっていくということはない。
だが来年にはどうにか、ある程度はその価値も戻さなければいけない。
セイバーは基本的に、損をするのは嫌いなのだ。
もちろん損切りという言葉は知っているが、アナハイムをそう処理するには、まだまだ気が早すぎる。
ワールドシリーズ第二戦、メトロズは武史を、ミネソタはハーパーを出してきた。
ピッチャーとしての実績や格を言うなら、武史の方が圧倒的に上である。
いや、実績という点では、MLB歴の長いハーパーを、上とする者もいるのかもしれないが。
この試合、先攻のメトロズが、大介のホームランで先制した。
武史をどうやったら打てるのか、それもミネソタとしては厄介な問題だ。
武史ほどのスピードボールを、ミネソタの主力打線は経験していない。
もっとも本当の問題は、単にスピードがあるだけではないということなのだが。
剛速球を投げるピッチャーというのは、コントロールが悪い傾向がある。
だが武史は、フォアボールを出さない試合が多々ある。
さもなければパーフェクトの達成なども出来ないだろう。
狙い定めたところに、完全に投げ込むことが出来る。
そのコマンド能力は、それでも直史ほどではない。
ミネソタのファンは、昨日の惨劇を忘れていない。
ヒット一本を打って、ようやく直史の記録を止めたと喜んでも、一晩明ければ事実がしっかりと見えてくる。
強打のはずのミネソタが、ヒット一本だけに封じられたのだと。
そしてこの試合も、武史は普段よりもいい調子で投げ始める。
二者連続三振は、初回の武史としては珍しいのだ。
そして訪れる、ブリアンとの対決。
ブリアンまでもが封じられるなら、ミネソタが勝利する可能性はかなり低くなる。
期待されていた対決だが、それが実現するのがワールドシリーズ。
直史と大介の対決に比べれば、そこまで劇的ではない状況であった。
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