第53話 挑む者たち
ア・リーグでディビジョンシリーズが始まる。
勝ち残ったのは、地区優勝をして勝率一位と二位のミネソタとヒューストン。
そしてミネソタに挑むのはシアトルであり、ヒューストンに挑むのがラッキーズであった。
ラッキーズがタンパベイに勝ったのはともかく、シアトルがボストンに勝ったのは、そこそこ予想外であった。
しかし二勝すれば勝ちという、偶然性の多い野球ならば、それほど不思議なことでもない。
ただボストンは安定した強さを見せていただけに、やはりレギュラーシーズン終盤、メトロズに負けたのが響いたのか、とも言われている。
日本人のMLBファンとしては、どのカードもそれなりに楽しく観戦できる。
シアトルには織田が、ラッキーズには井口が、そしてヒューストンには蓮池が主力として存在する。
特に織田と井口は、先頭打者と中軸。
シアトルなどは織田の引っ掻き回す攻撃で、ボストンに勝ったという印象が強い。
織田は、言うなれば野球が上手いのだ。
確かに俊足、強肩、ミート、などと選手に必要な能力を備えている。
しかしこのポストシーズンで目立ったのは、なすべきタイミングでなすべきことをなす、という基本的なこと。
勝負の勘所を捉えて、そしてそこを突いた。
戦力が若返っていたボストンは、その老獪さに負けたと言うべきであろうか。
織田も現在は32歳と、脂の乗った年齢である。
何度か外野でオールMLBチームに選出されたことはあるが、今回はチームリーダー的な存在でもあった。
勝利のための執念。
何をどうすれば相手が嫌がるか、それがしっかりと分かっている。
相手のメンタルを削って、マインドを混乱させて、そして勝利する。
客観的に見れば、チーム力の勝利。
しかし実際のところは、作戦による相手の弱点を突いた勝利である。
織田としてはミネソタと対戦するのが、ディビジョンシリーズで良かったと思う。
もしもリーグチャンピオンシップであったら、相手に時間を与えることになる。
それによってある程度、混乱が沈静化してしまう。
初戦から三連勝して、リーグチャンピオンシップに進む。
それ以外にア・リーグを勝ち抜く方法はないと思っていた。
ヒューストンの蓮池は、ラッキーズの井口との、日本人対決が周囲でやかましい。
個人的には蓮池は、別にそんなものはどうでもいいのだ。
NPB時代には、高校時代に対戦したわけではないし、NPBでもリーグが違ったのでほとんど対戦していない。
そもそも井口よりも、蓮池が注意するバッターは、同じセならば大介であったろう。
また同じ埼玉には、悟というとんでもなく厄介なバッターが、味方として存在していた。
あれはMLBに来ないのかな、と思ったことがある。
結局は若手の女優と結婚して、日本に骨を埋めるつもりのようだが。
でなければFA権を使って、タイタンズなどに移籍はしないであろう。
ラッキーズは言うまでもなく、名門球団である。
メトロズと僅差とは言っても、球団としての価値はまだMLBの中で最も大きい。
むしろメトロズが大きくなるほど、ラッキーズもそれに比例して大きくなると言っていいだろう。
蓮池も移籍先として、候補にしていたチームの一つだ。
ただラッキーズは随分前に、日本人サウスポーの獲得で失敗して以来、あまりその系統のピッチャーを獲得していなかった。
蓮池はまさに、その日本人サウスポーである。
怪獣大決戦のセ・リーグと違って、パ・リーグはそれなりにタイトルが分散していた。
蓮池もだいたい、自軍の戦力が整っている時は、最多勝や最高勝率を取っている。
ただ同時代においては、セ・リーグの方が盛り上がっていたことは確かだ。
この10年ほどに関しても、日本シリーズはセ・リーグが優勢。
およそ上杉、大介、直史らの三大怪獣が、全て同じリーグに行ったからだと言われている。
もちろんパ・リーグはパ・リーグで、優れた選手はどんどん出ている。
蓮池自身もそうであるし、今はもうスターズに移籍したが上杉正也。
また織田やアレク、といったところもそうだ。
移籍してしまって、MLBやセ・リーグに流出しているのが、とても寂しいところであるが。
そんな蓮池は、ラッキーズとの第二戦に先発することになった。
ヒューストンは他にも、何人かの優れたピッチャーを揃えている。
しかしその中でも、蓮池は勝ち星が計算できるピッチャーだ。
年齢的にも27歳と、脂が乗ったところである。
(佐藤がいたらどうなっていたことか)
正確にはアナハイムが、まともな戦力を揃えられていたら、といったところか。
蓮池は冷徹な人間なので、彼我の戦力差を測り間違えることはない。
そして出した結論は、直史は人間ではないということだ。
大介や、同じピッチャーでも上杉や武史は、とにかく肉体能力が隔絶した人間、だと割り切ることが出来る。
だが直史だけは、違う基準で野球をしている。
いや、やっているスポーツは野球に見えるだけで、直史が見ている光景は野球ではないだろう。
機械言語で話す人間のような、そんな違和感があるのだ。
ラッキーズとの第一戦は、ヒューストンが落とした。
おそらくラッキーズがレギュラーシーズン終盤まで戦い、そしてワイルドカードシリーズでもタンパベイと対戦したことで、勝利の勢いがついているからだろう。
その勢いのままに、第一戦も勝利した。
(流れとか勢いとか、そんなもので勝てるかよ)
確かにアドレナリンが分泌されて、今のラッキーズは興奮状態にあるのかもしれない。
それは蓮池も、遠い昔に見たことがある。
甲子園を戦っていくうちに、球児たちはそうなっていく。
短期間に爆発的な成長を遂げるのだ。
だがそれは、体のリミッターが外れていることでもある。
甲子園の終了後、力尽きたようにしばらくまともに動けなくなる人間を、何人も見てきた。
全国トップの大阪光陰の選手でさえ、甲子園を戦うというのはそういうことなのだ。
ただ蓮池は、あのメトロズの人間なら、そういうことはないだろうな、とも思っている。
ラッキーズはタンパベイと対戦して、消耗している。
特にレギュラーシーズン終盤は、ボストンと争ってかなりピッチャーに余裕がない運用をしていた。
第一戦は勝ったものの、短期決戦を計画しているだろうラッキーズ。
この第二戦を封じれば、おそらく勢いは止まる。
そこからはメンタルの戦いとなってくるかもしれないが、蓮池の責任になるのは、あくまでもこの試合である。
ヒューストンのホームゲームで、マウンドに蓮池は立つ。
サウスポーの蓮池は、鋭く小さく曲がるカットやツーシームを主体として投げている。
そのあたりは武史などと同じなのだが、そのキレでは上回るとも言われている。
実際に蓮池のツーシームは、下手をすればフォーシームよりも速い。
初回のラッキーズの攻撃が、わずか七球で終わった。
別に蓮池が打たせて取る意識を持っていたのではなく、ラッキーズが早打ちをしてきたからだ。
攻撃が前のめりになりすぎている。
そんな打線を嘲弄するように、縛り付けるのは得意な蓮池だ。
MLBは効率化しすぎて、単純化しすぎた。
もっと若いうちから、細かい技術を教えるべきなのだ。
NPBでさえ今は、フィジカル偏重になりつつある。
しかし技を極めれば、力を上回ることが出来る。
それはフィジカル的には恵まれていない直史や、体格で圧倒的に劣る大介を見れば、一つの価値観であろう。
初回にヒューストンは、先制点を取った。
ただ一点だけの得点では、まだラッキーズの勢いは失われていない。
重要なのは相手の攻撃を抑えてしまうこと。
おそらくここで打線を止めれば、ラッキーズはレギュラーシーズン終盤からの疲労を思い出す。
(こういう試合で必要なのは、織田さんのような選手だろうな)
試合の勘所を捉えて、致命的な一撃を与える。
それは井口では出来ないことだ。
スラッガーとしての才能なら、井口の方が織田よりも優れている。
だが織田は野球選手という以上に、勝負師であるとも言える。
そんな織田はミネソタと対戦しているわけであるが、おそらくはさすがに勝てない。
ただ可能性が0でないのは、これが短期決戦であるからだ。
ディビジョンシリーズは三勝先行で次に進める。
これがワイルドカードシリーズなら、さらに勢いだけで、また小手先の技だけで、どうにかしてしまえたろう。
だが組み合わせにも運というものがある。
蓮池はヒューストンで、リーグチャンピオンシップまで進むつもりでいる。
しかしミネソタには勝てないだろう。
自分以外のピッチャーが打たれるなら、それはもう仕方がない。
もしもヒューストンに、織田のような掻き回す選手がいれば、あるいはミネソタにも勝てたか。
しかしそういった小細工を、真正面から粉砕するだけの力を、ミネソタは持っているとも思える。
互角以上に戦えるのは、おそらくメトロズだけだ。
そのメトロズで、今年の戦いにおいて、鍵を握っているのは大介ではなく直史だろう。
極端な話、メトロズとミネソタでは、打撃力においてそれほどの差はないはずだ。
ならばピッチャーはどうなのか、ということになる。
昨年のリーグチャンピオンシップで、アナハイムとミネソタは対戦し、アナハイムが四連勝で終えた。
直史が先発完封し、他に二試合ミネソタの打線の強いところで、リリーフをしたのだ。
もちろん今年の、ミネソタとの対戦成績でも勝っている。
ただ若手の多いミネソタでは、シーズン中はもちろん、このポストシーズンに入ってからさえ、さらなる成長を遂げている可能性はあるが。
とりあえずヒューストンとしては、ミネソタの力を計るのみ。
そのためにはまず、ラッキーズを倒す。
今日は五番に入っている井口に、対する蓮池。
他のラッキーズのバッターと違って、井口は逸ってはいない。
思えば名門タイタンズにおいて、チームとしては状況が最悪な時代に、しっかりと四番を打っていたのだ。
大介がいなければ何度か、タイトルを取っていてもおかしくはない。
ベストナインでは外野部門で何度も選ばれた。
そんな井口が、蓮池の挑発するようなピッチングに、そう簡単に乗ってくるはずもない。
もっとも、だからといって蓮池を確実に打てるというわけでもない。
蓮池は間違いなくNPBトップクラスの選手で、日本にいる間だけで100勝を達成したのであるから。
新人王からポスティングまで、二桁勝利を連続達成。
ヒューストンが強いチームだったからという理由もあるが、その記録は継続されている。
井口のバットを折る、強烈なツーシーム。
第一打席は内野ゴロにて、蓮池が勝利した。
勢いが激しいほど、それが止まった時は、それまでの負担が一気にかかる。
蓮池の頭脳的なピッチングは、ラッキーズを空回りさせるものであった。
八回までを投げて無失点で、クローザーに後を託す。
四点も差があるのだから、ここで逆転されたらそれは、明らかに蓮池の責任ではない。
出来ればここは完全に無失点に抑えてほしいな、と蓮池は思っている。
一点でも取られてしまえば、ラッキーズが再起するわずかな熱量が、残されることになりうるからだ。
そういう時にこそ井口などは、冷静に点を取ってくる。
NPB時代から井口は、華のあるプレイなどより、確実に打ってくるバッターであった。
実は得点圏で、しっかりと打点を稼いでくる。
単純にアベレージを打っているわけではないバッターなのだ。
しかし最終回、その井口には回らない。
もっともラッキーズは、それを別にしても、いいバッターは揃っているのだが。
熟練のベテランも、しっかりと揃ったラッキーズ。
しかしこの試合は、八回まで抑えた蓮池が、間違いなくMVPだった。
4-0とラッキーズの勢いが止まる。
ただこれで勝敗自体は、まだ1-1なのだ。
次はヒューストンから、ニューヨークへ移動して試合が行われる。
一勝一敗であるならば、ここから連勝した方が次に進む。
しかしどちらのチームに勢いがあるかは、もう分からない。
少なくともピッチャーへの負担は、ラッキーズの方が蓄積しているだろうが。
もう一つのディビジョンシリーズは、シアトル相手にミネソタが、既に二連勝している。
事前のデータからすれば、妥当なところであろう。
しかし一つでも勝ってくれれば、次に対戦するチームとしては楽になる。
逆に少しでも優位に戦うためには、疲労の蓄積を避けなければいけない。
特にピッチャーの出来次第で、勝敗はあっという間に決まるだろう。
ポストシーズンはまだまだ、盛り上がりの前段階である。
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