第134話 Jヴィレッジにようこそ!! その2

 グラウンドに出ると日本全国から集められた選手が40人近くいる。


 よく見ると試合でもちょくちょく見たことがある選手があちこちに……目が合うたびに会釈をしてしまう。


 川崎の4人、SC東京の大竹君、鹿島の岩山君に、レッドデビルの関口君に先日戦ったばかりの山下君達。


 すると、山下君達と目が合ったので手を振って挨拶したら、露骨に目を逸らされてしまった…………まあ、しょうがない。


 夜の自由時間にちゃんと挨拶に行かなければ…………ちなみにビクトリーズからは俺と司と翔太が選ばれた。健斗、それに沖田さん、残念。


 と、そこで、U-15日本代表の監督、高柳さんが挨拶をする。


「ようこそ、U-15日本代表の合宿にやって来たフットボーラーの皆さん。今回、3日間という短い間ですが、ここでの監督を務めさせていただく高柳と言います。今回の合宿の目的は皆さんもご存じでしょうが、8月に行われるU-15東アジア選手権の選考です」


 高柳監督の言葉にざわざわとした声が聞こえる。


「今回の合宿では日本全国より42名の選手を集めましたが、ここから選考で23名まで絞ります」


「…………20名近く落とされるのか」誰かが言った。


「皆さんは、たった3日間で何が分かるかと思ってるかもしれませんが、正直その通りだと思います。」


 ざわつきがさらに大きくなる。


「ですので、今回、選考に漏れた選手は、落ち込むことなく、高柳は見る目無いなーと思い、ここでの事を引きずることなく、クラブやチームでのサッカーに専念してください。」


 高柳監督はそう言うとニヤリと笑う。


 あー、こういうタイプは食えないタイプだ。


「では、コーチから今後のスケジュールについて話してもらいます。」

 そう言って、高柳監督はマイクをコーチに渡した。


 コーチの話によると、今日は基本的なメニューを中心に全体練習をした後、明日の午前中はポジションごとの個人的な練習の後、テストマッチ。


 そして明後日も午前中は全体練習と紅白戦をした後、テストマッチという事になっている。


 正直、この3日間で、何をアピールしていいのかわからないが、とりあえず自分にできることは積極的にやっていきたいと思う。


 最もナショナルトレセンが初めてだという事もあり、司に聞いてみたら「できないことは無理してするな」と言われ、翔太からは「とりあえずいつもの神児君でいいんじゃないのー?」と言われた。


 そりゃ、そうだな、実質二日の練習で何が変わるわけでもなし、クラブでの活躍を認められたからここにいるのだ。


 下手に気負うのも馬鹿馬鹿しくなった俺は、とりあえず、この機会に代表に選ばれた選手達と親交を深めようと思った。


 と、早速、グループに分かれてのパス連をすることになったので、早速謝罪も兼て、鹿島の岩山さんに謝りに行った。


「先日は、どうもすいませんでした。お体の方は大丈夫ですか?」



 とりあえず、初日の練習が終わって風呂に入って飯を食って自由時間。


 さすがに日本サッカーの聖地と言われるだけあって、大浴場、すっごいおっきかった。展望風呂がすっごいの。とってもいい湯でした。


 夕ご飯、バランスの取れたご飯、大変おいしゅうございました。


 なんか、旅行がてらサッカーやりに来たような感じになっちゃってるけれど、大丈夫かな、こんなんで。


 もっと、なんか、火花がバチバチに飛び合うような感じなのを想像してたのだけど……と、ベッドで横になっている司を見ると、さっきからずーっとサッカーマガジンを読んでいる。週明けから始まる南アフリカワールドカップに興味があるようだ。


 ちなみに部屋は司と同室です。うーん、やっぱ目新しさが無い。


 俺は司に話しかけてみた。


「あのさー、司」


「なんだよ」


「せっかく、トレセン来たんだけどさー、なーんかちがうんだよねー」


「なにがよ?」


 見るとサッカーマガジンの表紙は本田さんだ。本田さんかっけーなー。


「いやさー、なんか、もっと革新的なトレーニングとか斬新なメニューがあるのかと思ったんだけれど、ふつーなんだよねー」


 何色ものビブス使ったトレーニングと言い、ピッチを三分割に分けたポジション別のコンビネーションと言い。


「そりゃ、そうだろ」と司。


「へっ?」


「俺達2022年の世界から来たんだぞ、そんな2010年の段階で革新的なトレーニングがあったらすぐさまトップダウンでクラブでやってるだろ」


「…………ですよねー」


 そっかー、12年前のトレーニングだと思えば納得できる。


 2022年の世界だったらちょっとした私立の強豪校だって、練習では選手全員にGPSと心拍計を付けて、PCで一括管理してその選手の運動量やら走行距離やらを管理分析しているもんな。


 12年前ってつい最近ような気がしたんだけれど、結構進歩してるんだね。


「ってか、お前、岩山さんと山下君達に挨拶するんだって手土産持ってきたんだろう、行かなくていいのか?」と司。


 あっ、忘れてた。この前の試合で怪我させちゃった岩山さんと山下翔馬君にちゃんとご挨拶しないとって思って手土産持ってきたんだ。


https://kakuyomu.jp/users/t-aizawa1971/news/16817330664160609581


 ここら辺はほら、俺もういい大人だからさ。この後代表で気まずい思いとかしちゃまずいじゃん。


 というわけで、俺はそそくさと岩山さんの部屋に向かって行った。


 コン、コン、コン


「はい?」


 岩山さんの声がした。


「あのー、ビクトリーズの鳴瀬ですけれどー、ちょっといいですかー?」


「どうぞー」と岩山さん。


「おじゃましまーす」と中に入ると、同じ鹿島の人がいた。


「おう、鳴瀬じゃん、どーした」と岩山さん。一応、年はいっこ上です。


「あのー、なんか、この前試合した後、病院に行ったとかで……」


「あーあー、あん時は大変だったんだぜー、金玉こーんなに腫れちまって」そう言ってガハガハ笑う。


 ああよかった。そんなに恨んでなさそうだ。


「あのー、コレ、つまらないものですが……」と俺はそう言って三笠山とカステラ巻きのセットを渡す。


「えっ、何それ!?!?」とちょっと驚いた顔の岩山さん。


「文明堂の三笠山とカステラ巻きです」そういって紙袋を差し出す俺。


「み、三笠山って!?!?」


「あっ、どら焼きの事です」


「えええーっ、いいって、いいって」


「いや、試合で怪我させちゃったって言ったら、うちの親が、いくら試合中だからっていってもこれくらい持ってけと」


「えーっ……いいのー?」


「ど、どうしたんですか?」と同室のえーっと……名前なんだっけ?ボランチの人が聞いてきた。


「いやー、さー、この前の試合でこいつのシュート金玉でブロックしちゃったじゃん」


「あー、岩山さん大変でしたもんねー。あのあとシャワー室で……俺の金玉こんなんなっちゃったーって」


「まあ、すっげーびびってさー……あ、一応病院行って湿布したら治ったから大丈夫だぞ」


「あー、よかったー」


「でっ、そのお詫びにコレ」


 そう言って三笠山の詰め合わせをボランチの人に見せた。


「義理堅いなー。まあ、せっかくだったからもらっとけばいいじゃないですか」


「そっかー、悪いなー」


「じゃあ、明日の練習またよろしくお願いします」と頭を下げたら、「あれ、もう一つ紙袋持ってんじゃん、どしたの?」


「いやー、マリナーズの山下君にもー……」


「……たいへんだな」と岩山さん。


「じゃあ、失礼しまーす」と岩山さんの部屋を出た。


 えーっと、山下君の部屋はっと、部屋割り表のプリントを見ながら廊下を歩く。


 ってか、廊下はふっかふかの絨毯。ナショナルトレセンの宿泊施設って高級ホテルだったんだー、すっげーなー。あっ、見っけ。


「コンコンコン」

「「はい」」


 さすが従弟同士ここでも息があってるなー。


「あのー、鳴瀬です」


「「なに!?!?」」


「ちょっと、いいですかー」


 すると、ドアがゆっくりと開いた。


 恐る恐ると言った感じで、覗き込むように数馬君と翔馬君。警戒心がビンビンだ。


「あのー、この前の試合で怪我させちゃって、親がこれ持ってけってー」


 とりあえず警戒感を解くためにまずは要件と謝礼の品を差し出す。


「えっ……」そういうとドアがスッと開いた。


「あのー、文明堂の三笠山……あっ、どら焼きとカステラです」


「「まっじでー!?!?」」


 途端にテンションアゲアゲの翔馬君と数馬君。


「あのー、じいちゃんの家の近くに文明堂の工場がありましてー」


 そう言って会釈する俺。


「どうぞ、どうぞ、どうぞー、中に入ってー」と招かれてしまった。


「おじゃましまーす」


 部屋の中を見まわすと、やはり俺の部屋と同じのツインのルーム。しっかしすっげーなーここの施設。


「あっ、これつまらないものですが」そういって紙袋中から三笠山の詰め合わせを出した。


「おー、ラッキー、俺、これ、好きなんだよなー」と山下君のどっちか。


「ねぇ、これ食べていい?食べていい?」


「バレなかったらいいんじゃないかなー」確かここでの食事って全部カロリー計算してたような気がー……


「やったー」と言いながら包み紙をびりびり破く山下君。


「おー、ほら、翔馬、ハイ」と言って三笠山を翔馬君に渡す数馬君。(やっとわかった)


「な、なんか、どうもありがとね」


「いやー、怪我、大丈夫でしたか?」


「あー、一応病院行ったけれど、病院のお金、全部クラブが出してくれたんで気にすんなよ」と翔馬君。やさしい。


「まあ、いきなりシュートコースに飛び出したほうがわりーんだから」そういう数馬君。既に三笠山をパクついている。


 よかった。とりあえず嫌われてはなさそうだ。


「じゃあ、あのー、賞味期限は箱の裏に書いてあるんで、それまでにご賞味ください。じゃ、明日また練習お願いしまーす」と言って、部屋に帰ろうとしたら、


「そういや、俺達、これから、広場で卓球するんだけれどお前らも来る?」と。


「卓球ですか?」


「そうよ、トレセンの名物なんだぜ、自由時間の卓球は、結構みんな来てんぞ」


 あら、そうなんだ。U-15の人達との交友を深まるチャンス!


「じゃあ、司連れて行きます」


「オッケー、じゃあ、先いってるわー」そう言ってバックからマイラケットを取り出してきた数馬君。


 あら、随分と本格的なんですね。

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