第110話 なにわのガウショ その2
帰りのホームルームが終わりがっくりと肩を落としてやって来る優斗君。
結局あの後、遥は教科書だけは見せてくれたが5時間目、6時間目と優斗君に一言も口を聞いてくれなかったみたいだ。
可哀そうなくらいにへこんでいる優斗君をこれ以上ない満面の笑みで迎える司。
お前って本当に分かりやすい奴だな。お前みたいな性格を裏表ない性格っていうのかな、あはははは。はぁー……
がっくりと落ち込んだ優斗君を連れてサッカー部の部室に連れて行く。
するとそこには思いもかけず、ビクトリーズのユニフォームに着替えた遥の姿が……
「えっ、あっ、なんで一ノ瀬さんが?」とちょっと驚いた顔をしている優斗君。
「なんでって、私もサッカー部なんで」とそっけなく遥。
実は2年生になってから関沢先生の勧めもあって、「どうせしょっちゅうここで練習してるんなら正式に部員になっちゃえば」という事で4月からサッカー部に籍を置いているのです。
「あっ、その、ビクトリーズの方は?」と優斗君。
「今日はビクトリーズの練習は無し。別に毎日あっちでの練習があるわけじゃないんで、向こうで練習が無いときはこっちに出てるんだけれど何か?」と極めて事務的に遥。
もうそろそろ許してあげましょうよ、遥さん。別に優斗君だって悪気があって言ったわけじゃないんだから。
すると遥はいつもはセミロングに下ろしている髪を後ろでまとめてひっつめ髪にする。
「稲森君もさっさと着替えなさいよ」と遥。
「あっ、ハイ」と遥に言われてそそくさと体操服に着替える優斗君。
「スパイクは?」と遥。
「持ってきてます」と優斗君。
見ると随分と年季の入ったボロボロのスパイクに履き替える。
「じゃあ、私、先にグラウンドに出てるから」と遥。
「えっ、あの、僕は?」
「とりあえず、みんなが来る前に1対1やりましょう。私か口だけだかどうか見てもらいますから」と氷のような表情で遥さん。
「あのー、えーっと、僕がですか?」と優斗君。
「決まってるでしょ」遥はそう言ってさっさと部室から出て行ってしまった。
「あーあ、完璧に怒らせちゃったな」と嬉しそうに司。
「まあ、そういう事だから、頑張れよ」と俺。
「えーっと、あのー、女の子とやるんですか?」と優斗君。
「遥のディフェンスえっぐいから入部そうそう削られるなよ」と司。
「……はい」そういうと、肩を落としてグラウンドに出て行った。
「アップはどうすんの?」と遥
「じゃあ、お願いします」と優斗君。
すると遥から火の出るようなボールが飛んでくる。
「うおっ」と言いながらもしっかりと足元でトラップをする優斗君。
その様子を見て、「足首柔らかいな、アイツ」と冷静に優斗君を観察する司。
するとお互いが無言のまま、ボールをパスし合う。
かつてこれほどまでに殺伐としたボーイミーツガールがあっただろうか。
思いっきり他人事ながら、この先、どんな展開になるのかと、おらワクワクしてきたぞ。
いつの間にか、なんだなんだと言った感じでサッカー部の連中も集まって来た。
アップが一通り終わると、遥はタッチライン沿いに無造作にマーカーを置くと、「マーカーの置いた範囲内で1対1、分かるわよね」と。
「はい」とこっくり頷く優斗君。
そんなわけで、一ノ瀬遥VSなにわのガウショこと、稲森優斗君、始まりです。
途端にキュッと鋭い目つきになる優斗君、ボールを足元に置くと、ゆっくりとシザースをしながら遥との距離を詰める。
なるほど、なにわのガウショは伊達じゃなかったみたいだ。
ボールさばきが堂に入ってる。
すると遥もどうやら優斗が本物だと思ったのか、腰をグッと下げて臨戦態勢に入る。
女の子とはいえ、物心つく前から翔太との1対1をやり続けていたフットボーラーだ。
いまだ、その実力は、俺達と互角と言っても差支えが無い。
すると腹をくくったのか、優斗君はボールをシザースをすると右足のアウトサイドで遥の左サイドにボールを運ぶ。
そしてそのまま体を入れる……と、ガツッと、とても女の子とは思えない激しいショルダーチャージを優斗君の左肩にぶちかます。
正式なルールだったらファールを取られてもおかしくない当たりだ。
けれども、男子の方から今のプレーはファールだとは言わないだろうと、遥の事ならばきっとそこまで織り込み済みだろう。
前の世界でも、よく、俺のプレーをビデオで再生して、やれ、ここのディフェンスが甘かっただの、止められないならファールしなさいよと、男の俺以上に、ディフェンスに関しては男らしい遥さん。
八王子産のフットボーラーの性能はどうですかね、難波のガウショさん。
すると強引に体を入れる遥に、ちょっと勘弁と言った感じでバックステップで逃げる優斗君。
辺りを見渡して、本当に女の子相手に全力を出していいのかと目で訴え
てくる。
すると優斗君と目が合った司は「大丈夫」と言った感じでゆっくりと頷いて見せた。
その途端、稲森優斗の周りの空気が変わったのを感じた。
優斗君は右足の裏でボールをこねる。フットサルでよく見るピサーダというフェイントだ。
「フットサル上がりなのか?あいつ」と、いつの間にか横にいた竹原さんがいう。
遥の目の前でボールを足裏で転がし、ダブルタッチ気味に今度は遥の右サイドを突破する。
すると先ほどと全く同じように肩をぶつけてくる遥。しかしそれを予想していたのか、スッと体を後ろに引くと、今度は器用に左足の裏を使って、右の軸足の後ろにボールを通す。
クライフターンだ。
目の前で反転されて、一瞬ボールを見失う遥。それでも腕を伸ばして優斗の突破を阻止するが、その瞬間、今度は右足の裏を使って、左の軸足の裏を通すと、ステップの大きくなった遥の股を抜く。
しまったという顔をする遥。しかし既に遥の体は死に体だ。
遥の腕を振りほどき、そのまま一気に縦に抜けようとしたその瞬間、無様に抜かれるくらいなら、ここで相打ちだと言わんばかりの、完璧なアウタータックルをかました。
まさか女の子がここまでやって来るとは夢にも思って無いだろう。
しかし相手はディフェンスの鬼と恐れられた遥さん。
軸足をものの見事に薙ぎ払われてのスッテンコロリンの優斗君。
転んだ後も、キョロキョロと周りを見て、一体何が起こったのかと目をパチクリしている。
すると、「あー、もー、負けたー」とグラウンドの上で大の字で悔しがる遥さん。
いやいや、十分立派ですよあなた。
「おい、遥、いくら悔しいからって、それは一発レッドだぞ」と司。
「大丈夫ですか?」と悪質なアウタータックルを食らった自分よりもそれを仕掛けた遥を心配する優斗君。
君、サッカーに関してはいい人だね。ちょっと見直してしまった。
「はい、負け、負け、負けました」と白旗を上げる遥さん。
「あー、でも、初見でここまで食らいつかれたのは驚きました」と優斗君。
遥に手を貸して立ち上がらせると、いつの間にか周囲からパチパチパチと拍手が鳴っていた。
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