第104話 トレセンへようこそ!! その2

 すると、まずは協会の偉い人からの挨拶。そして本日のスケジュール。今日の予定は18:00から21:00までの3時間。


 内容としては2時間とトレーニングと30分ハーフのゲームを行うそうだ。それでこの中からU-15の代表を選ぶってのも結構おおざっぱだなーなんてことを司に話したら、


「お前はアホか」と言われた。


 どういうことですか?上司!!


「今日はJのジュニアユースの選抜だろ、大方ナショナルに選ばれる人間の目星は付いているんだよ!」と司。


「ってことは、アレか?出来レースって奴か」


「ちがう!!前もって知らされていた情報と食い違いが無いかの最終チェックみたいなもんだ。あとは、それ以外の強烈なプレゼンスができるかどうかってところだな」と司。


「まあともかく、いつも通りに全力を尽くせばいいやってことだろ」と俺が言うと、


「そういうことだ」と司。


 そんな感じでトレーニングが始まる。


 すると、協会の人を交えたパス回しや、鳥かご、いつもクラブでやっているような練習が次から次にリクエストされる。


 正直目まぐるしい。


 互いに親交を深めるなんて余裕はまったくない。テキパキと指示されたことを的確にこなす。前の世界で高校の時に行ってた東京都のトレセンだってこんなにはあわただしくなかったぞ。


 すると1時間を過ぎるころには、特定のメンバーが特定のトレーニングメニューをリクエストされる。


 例えば司と数人が呼ばれると、攻撃時のビルトアップの動き出し、そしてパスのトレーニングを。


 俺や三芳君が呼ばれた時は3対3でサイドの崩しのメニューを。


 健斗や板谷君が呼ばれた時は、サイドからのセンターリングが入った時のクリアや、2対1でのディフェンスなど。随分と具体的かつ実践的なトレーニングになって来たと思ったら、最後にフリーキックとコーナーキックの練習をしてあわただしい2時間が終わってしまった。


 本当に今日これだけで、あとは1試合したら選考が終わってしまうのか。ってか、最後に戦う相手っていったい誰よ……と思ったところで、このトレセンの監督の高柳さんが、


「では、最後に30分ハーフの練習試合を行いたいと思います。交代は無制限です。人によってはフォワードで出た後にもう一度ハーフで出てもらう事がありますので、一回交代したからと言ってそこで集中を切らさないでください。


また、すぐに交代する場合もありますがそれで選考から漏れたという訳ではありません。その1プレイで十分に納得できた場合でも交代はあります。とにかく限られた時間の中で少しでも多くのチャンスを君たちには与えたいと思っております。


 また、今回、残念ながら選考から漏れたとしても、半年後の12月に同じようなユース限定のトレセンが行われます。その際も今回の評価を参考にする場合がありますので、最後まで集中を切らさずにプレーを頑張ってください。では、君たちの対戦相手の紹介です」


 すると、ピッチの横に併設されたクラブハウスの中からサムライブルーのユニフォームを着た選手たちがあらわれた。


https://kakuyomu.jp/users/t-aizawa1971/news/16817330664160129948


 胸にはヤタガラスの日本代表のエンブレムと国旗のワッペン。首の真ん中には四角くて赤いマーク。


 紛れもない今度のワールでカップで日本代表が着る同じユニフォームを来た選手たちがやって来た。そしてその中には……翔太もいる。


「君たちの対戦相手は、現在のU-15日本代表だ。どうだい、シンプルだろ、今日の対戦相手よりも明確なプレゼンスを提示できれば代表入りだ。まあ、あんまり熱くなりすぎて怪我すんなよ。週末もリーグ戦があるんだからな」と高柳さん。


「では、スタメンの発表だ」


 今日集められた50人からの選手たちが次々と呼ばれている。


「大丈夫、今呼ばれなくても、今日はしっかりとチャンスを与えるから」と高柳さん。


 しかし、やはり、こういっては悔しいのだが、中島翔太には日本代表の10番が似合っている。そうか、お前はこの頃から代表の10番を背負ってたんだな。


 そんな感傷に浸る間もなく次々と選手が呼ばれ交代していく。そして戻ってきた選手もすぐに呼ばれるとあって、ウォーミングアップに専念している。


 すると、司にボールが入ると途端に周りの大人たちの目の色が変わった。


 そうだ、考えても見たら、司は本来なら昨年末にトレセンに呼ばれて代表のユニフォームを着ていてもおかしくなかったのだ。


 あれだけの活躍をした選手だ。この中で見渡したってそうはいまい。


 結局、司は5分ほどのプレイで、攻撃のビルトアップに参加して、一回、サイドチェンジのボールを入れてお役御免となった。


 本人は手ごたえがなく首をかしげていたがおそらくは最初から当確だったのだろう。


 ならば、俺はどうなのだろう。


 司が交代して出て間もなく、俺も呼ばれてピッチの中に入っていった。その瞬間、周りから声が上がる。「アレが例のだ」「この前川崎相手にいきなり点取ったやつだろ」


 そうか、ここに来て初めて実感した。川崎のトップチーム相手に勝つという意味を。もしかしたら、今日、この瞬間だったら司よりも俺の方が注目されていたのかもしれない。


 と、そんなことを思っていたら「ふっふっふー」と不敵な笑みを浮かべる翔太が目の前に立っていた。全身にサブイボがたつ。


 やっばい、ビクトリーズのユニフォームを着ている時も威圧感があるけれど、代表のユニフォームを着ている翔太の迫力は半端ない。しかも背負っている背番号は誰もが憧れる10番だ。


「じゃあ、神児君、いっくよー」とノリノリの翔太。どうやら忖度とかは期待できなさそうだ。全力で俺をつぶしに来るようなドリブルが始まった。


 右足でコンコンとステップを踏みながらのキックフェイントをかけつつの俺の重心の動きを確認している。


「ボランチ、もう少し離れて」


 俺よりも先に中島翔太の熱に浮かされた大宮のボランチが距離を詰める。


 そりゃ、しょうがない、翔太からボールを取れたらその瞬間、代表入り間違い無いのだから。


 しかし、翔太は邪魔が入ったとばかりに、大宮のボランチを必殺のダブルタッチで瞬殺する。


「そこであきらめるな」と声を掛ける。


 抜かれてもいい、すぐにまた戻れば。翔太と対峙するからには足だけは絶対に止めてはならないのだ。


「俺が翔太をライン際に追い詰めます。6番さん間合いを測りながらしっかりと距離を狭めて」


 さすがにこの場所に呼ばれることはある大宮の6番。瞬時に俺のいう事を理解すると、慎重にDFの網を狭めてくる。


「なーんだ、つまんない」


 翔太はそう言うとくるっと俺たちに背を向ける。


 よっぽど俺との1対1をしたかったのだろう。


 さすがにこの状況じゃ分が悪いと思ったのか、仲間のボランチにボールを戻したと思ったその瞬間、キックしたボールを器用に足の裏で止めてそのままピサーダという足の裏を使ったフェイントで素早く反転すると、集中力の切れた大宮の6番の脇を一瞬で抜き去った。


 これこそが中島翔太の真骨頂、0~100の急加速だ。

 

 しかし大宮の6番も執念で10番のユニフォームに手をかける。


 この国に生まれた全てのフットボーラーの憧れであるサムライブルーの10番だ。この手を放した瞬間に永久に手に入らないと思ったとしても不思議ではない。


 その執念が、ほんの一瞬だけ、翔太のスピードを遅らせる。


 俺は条件反射でスライディングをすると、ほんのつま先1センチほどだが、翔太の足元にあったボールに触るとすんでのところでタッチに逃げることに成功した。


 その直後…………あっちー!!!!と思わずお尻を押さえて転がり回る俺。


 そうだ、忘れていた、ここ、人工芝だった。


 いつもの多摩っ子ランドの天然芝のつもりで思いっきりスライディングしちまった。


「あーあー、大丈夫?神児君」と翔太。


「ケツ、ケツ、オケツー」とゴロゴロ転がり回り俺にスタッフの人が急いで水をかけてくる。


 どうにか落ち着いた俺。恐る恐るお尻に手を入れると、とりあえず血は出ていない。でも、すっげーヒリヒリしている。今日の風呂は地獄だ。


 そんな事を思っていたら、「鳴瀬、交代ー」と大下監督の声。


 絶望的な気持ちでピッチを後にするとニッコリ笑って親指を立てる監督。


 えっ、それってどういう意味ですか?


 すると、「すっげーなー人工芝なのに平気でスライディングしてるよ」


「俺には到底無理」


「ってか、ビクトリーズのガッツゥーゾ、噂どうりのヤバさだな」


「ありゃ、あの1プレーで確定っしょ」


 など、そんな声がちらほら聞こえる。


 すると、心配そうに司。「おまえケツ大丈夫か」と。


「怖くてわからない」と正直に言うと、「医務室行くか」と。


 とりあえず、消毒だけでもしておこうかなーと思ったその時、「大竹公平」と監督の声。


 その瞬間、ざわっとした空気がベンチに走る。


 みるとひときわ小さな選手がベンチから出て行った。


 後年、SC東京ユース史上最高傑作と言われた選手。トーキョーのリトルウィザード、ちいさな魔法使い、大竹公平だ。


「あいつが大竹だ。こっちに来て初めて見た」と司。


 俺でも知っている。いや、前の世界では俺たちの年代で知らない奴などいなかった。


 この後、順調に行けば、U-17そしてU-19のキャプテンとなる大竹公平だ。


 俺たちの世代のナンバー10は中島翔太だったが、ナンバー7は大竹公平の代名詞だった。


「公平君、膝治ったんだ」と大宮の8番がボソッとつぶやく。


 そう、北里司と一緒で、この大竹公平という選手も膝の怪我に苦しめられた選手だった。

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