第95話 U-15 その2

「えっ、俺、交代ですか?」


「うん、交代」と監督。


「あのー、ハットトリックしましたよね、俺」


「うん、ナイスハットトリック、すごいじゃん、神児」


「なのに、交代ですか、俺?」


「うん、交代」


「あのー、まだ全然走れますよ、俺」


「だろうね、うちのチーム、ずーっと押し込んでたからそんなに疲れてないだろ」と監督。


「あっ……はい、そんなには」


 そうなのである。この試合、ずーっとうちのチームが押し込んでいてほぼ相手の陣地で試合が進んでいたのである。


「じゃあ、よかった」と監督。


「えーっと、何がですか?」


 すると、監督、ニッコリと、

「お前、このあとやる、トップの試合に出ろ」と監督。


「……トップって?」


「U-15の試合だよ。決まってんだろ」


「U-15って………………えええええー」


「大丈夫、大丈夫、今日の出来なら、大丈夫だって」


 えっ、俺が、このあとやる、U-15の試合に出るの?


 ふと周りを見渡すと、みんなから「うらやましいなー」という垂涎の眼差しが……


「あっ、それから、司と翔太、お前らもこの次の試合に出すから交代な。準備しとけ」


「ういっす!!」と皆さん。


「えーっと、俺はまだですかねー」と健斗。


「うーん、後半お前抜きだとさすがにきついんだよなー」と監督。


「そ、そこをなんとか」と健斗。


「上の試合出たい?」と監督。


「もちろんっす」と健斗。


「んー、じゃあ、どっかで交代ね。とりあえず後半もよろしく健斗」と監督。


「ういっす」と健斗。



 そうだ、そうなのである。今シーズンの行方って、別にU-14限定だなんて監督は一言もいってなかったのである。


 そういや、ユースで飛び級だなんて当たり前だもんな。


 分かっていたとはいえ、あたらめて、Jのジュニアユースってプロに直結しているのだと実感した。


 えっ、お前もともとプロだったんだからそんな事知ってただろうだって?


 いえいえいえいえ、わたくし、前の世界ではジュニアユースからユースに上がれなかった人間だったんで……


 その後、高校―大学ってなかなかプロになる機会が無いんだよね。

 

 八王子SCに拾われたのも、卒業した後の3月末日だったし……

 

 そんなわけで、司を探すと、観客席で見学していたトップの選手達となんか話している。

 

 ……やだ、なんか、みんなおっきいです。


 この年代の1年の差ってやっぱ、なかなかでっかいんです。


 背の高さはともかく、体の厚みが明らかに違う。そして反対側の観客席を見ると、やっぱ向こうのチームの選手もおっきい。


 すると司、俺の事に気が付くと「さっさとこっち来い」と言った感じで手招きする。


 トコトコとトップの皆さんのところに行く。


 するとそこにはU-15のキャプテンの大場さんが……


「おめっとさん、神児、ハットトリック」と。


「あざーっす」と俺。


「スゲーブレ球だったな」とGKの怜哉(れいや)君。


「いえ、たまたまです」


「だろうな」


「アレっ?」


「まあ、その後のヘディングもしっかり地面に叩きつけてたし、最後の点も、あの時間にちゃんとあそこにいるんだから立派だよ。よろしくな」とCBの沖田さん。


「よろしくお願いしまーす」と司と俺。


 俺の想像を超えて展開がどんどんと先に行っている。

 すると司、「おい、神児、さっきの試合みたいなミス、カンベンしろよ」と。


「えっ…………ミスって?」


「おい、ふざけんなよ、向こうの一点、お前が下がりすぎてオフサイド取れなかったから点決められたんだろうがよ」


「……うそっ」

 頭を抱え込む司。


「おまえ、DFなんだから勘弁してくれよ。ハットトリックは立派だけど、あのミスで台無しだぞ」


「まじか…………」


「しかもプレーに関係ないところで一人でライン下げてたし」とジトーッとした目で司。


「そもそも、二点目も俺のサインに気付かなかったし、気が抜けすぎてるぞ、お前。府中武蔵野だったからこれで済んでたんだ、横浜や川崎だったらどうなってたか知らねーぞ」と司。


「すいません、肝に銘じます」


https://kakuyomu.jp/users/t-aizawa1971/news/16817330663971552700


「わかったなら、オッケー、さっさと切り替えて、次の試合の準備するぞ」と司。


「えーっと試合は」


「今、後半戦始まったから、あと50分後くらいかな」と大場さん。


 後半35分でアディショナルタイムとアップを含めるとそのくらいか。


「お前らはもうアップはいいだろ」とFWの綾人君。U-15のエースストライカーだ。


「うん、綾人君よろしくねー」と翔太。


 翔太のやつはちょくちょくU-15の試合に出てるので綾人君とはすっかり顔なじみだ。


 現に二人のコンビプレイは既に他のトップチームの脅威となっている。


 すると、「神児、こっちこーい」と沖田さん。


 みると、沖田さん、為末さん、片山さんのCBの3人と牧瀬さん、畑山さんの両サイドバックと司がいる。


「ディフェンスの確認、急いで」沖田さんの呼びかけに俺は急いでDF陣の輪の中に入った。



 結局試合は後半に虎太郎と磯貝君が1点ずつ取って6-1で勝利した。


 しかし、喜んでいるものはごくわずか。それよりも、前半終了時で交代させられなかったことの方がみんな気にしていた。

 

 試合が終わった間もないのに、監督からこの試合に出番がありそうなメンバーがやって来てミーティングの輪に加わる。


「ともかく、何度も言うようだけど、府中武蔵野の最注意人物は左ウイングバックのファン・マルセン・ディクソンだからな」と沖田さん。


「お前の対面するサイドバックだからな頼んだぞ神児」


 反対側の客席を見ると、ここからでも一目でわかる。身長180センチ近くあるちょっとチョロ長くって肌の黒い人。


 なんでトップに上がっていきなりナイジェリア人とデュエルしなくちゃならないんだよ。トホホ。


 ファン・マルセン・ディクソン、通称Dマット。府中武蔵野FCがU-15のカテゴリーAに居続けられる最大の要因。


 府中の黒い稲妻、Dマットだ。被害者は昨年だけでも、レッドデビルズ、両方の横浜、そしてSC東京。


 うちのチームはギリセーフで1勝1分け。試合見てたけれど危なかった。


 とりあえず、どのチームも左サイドをゴリゴリに削られている。


 つまり、このDマットさんを押さえることが出来れば、今シーズンU-15で通用するってことだ。


 そんなさっき家を出るまで、今日の練習試合で活躍してU-14でポジションしっかりつかめるかな……なんて思っていたら、いきなりこの地区最高の左ウイングバックと対峙することになるだなんて。


 すると司がやって来て「大丈夫だろ、神児、お前、前の世界では、ブラジル人ともアルゼンチン人ともガッチガチでやってたじゃねーかと」


「まあ、確かにやってましたけれどね、アフリカンってちょっとリズムが違うんすよ。手足長いし、信じられないところからボールカットしてくるし……」


「それだけわかってれば上等だ。沖田さんも右サイドに移っているし、何とか2対1の状況を作って対応しろ」と司。


「りょうかいでーす」と俺。


 なんか、Dマットにチンチンにされて、あっさりU-14に戻ってくるところまでイメージが出来た。


 長い事サッカーやってたけれど、ハットトリック決めたのにこんなにブルーな気持ちになったの初めてです。


 それじゃあ、早速試合、始めましょうか。


 とその前に試合前の監督のミーティング。


「メンバーを発表する。フォーメーションは3-4-3、DFは左から片山、為末、沖田」「ウイッス」


「ボランチは大場と岩崎」「はい!」


「両サイドバックは北里と鳴瀬」「はいっ!!」


「トップは翔太、綾人、爽也」「ハイ!」


「作戦は、とにかく、相手の左サイドのディクソンを封じ込めろ。なるべく1対1で対応せずにチームで行け。あと、ボール取られた直後油断するとすぐに取り返してくるぞ。」

「はい」


「とにかく、プレスも激しいから球際は負けるな。そしてヤバいと思ったら大きく蹴り出せ。向こうはこちらに比べて選手層が薄い。70分を通じてゲームに勝ちきれるよう考えながらプレーしろ」

「はい」


「前半からガンガン選手交代する。球離れは素早く、そして、狙うはDマットの裏のスペースだ。うかつに飛び込んで来たら痛い目を見ると府中武蔵野に思い知らせてやれ」と監督。


 アレッ、U-14の時に比べて、随分と具体的かつ細かな作戦ですね。もしかして、さっき、手を抜いてました?


 試合前ピッチでアップをしていると、向こうから例のDマット君がやって来て、「君、さっき、試合に出てた子だよね」とディクソン君。


「はい、鳴瀬神児、14歳です」と礼儀正しく挨拶する俺。年上には敬意を持たなきゃね敵だとしても。


「すっごいブレ球だったねー。あとで時間があったら、俺にも蹴り方教えてよ」とウインク。


「あっ、はい」と俺。「あのー……」


「ん、なに?」とディクソン君。


「日本語上手ですね、ディクソンさん」と俺。


「日本語上手って、両親はナイジェリア人だけれど俺、日本人よ。日本語しか話せないし」とディクソン君。


「ああ、なんか、すいません」と俺。


「いいって、いいって、じゃあ、後でブレ球の蹴り方教えてね」とディクソン君。

 

 そう言い残すと手を振って自軍に戻って来た。

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