第46話 真夜中のフットボール その3
「おっちゃーん、大人2枚、サウナつけて」
司が威勢よく銭湯のカウンターにいるおじさんに声を掛ける。
「おう、司君、また来たかー。今日は友達と一緒?」とおじさん。
「ああ、こいつ、友達の神児ってんだ」と俺を紹介する司。
「あの、よろしくお願いします」俺はぺこりと頭を下げた。
なんか、恰幅がよくなって途端に愛想のよくなった司。もしかして、人間の愛想の良さってのは体重と比例するのか……なんて思ったりもした。
すると、司はずんずんと男湯の脱衣場に向かうと、スパパパーンと服を脱いであっという間にタオル一枚。
なんだか随分慣れてるような。
すると、「ふっふっふ、神児、ちょっと、身長比べてみないか?」と司からの提案。
ここの銭湯、珍しく、体重計だけでなく身長計まで置いてあったのだ。
こうしてみると、確かに、以前よりもでっかくなった司。横だけではなく縦もである。横ばっか気になって気が付かなかった……
「じゃあ、神児、ほら、計ってくれよ」そういうと、身長計の上に立つ司。
では、早速、計ってみると、170cmあった……あれ、こいつ前の世界の時ってたしか172cmだよな……
「170cmあるぞ」と言ったら、司は「おっしゃー!!」とガッツボーズ。
「じゃあ、今度はお前な……」と言われ、俺も身長計の上に乗ると、「163cm」と司に言われた。
中一で163cmあったらまあまあじゃないの?
すると、「お前、睡眠ちゃんと足りてるか?神児」と司から言われてしまった。
確かに司は、今年に入ってから、不登校なのをいいことにあほみたいに寝ている。
この前メールで「一日18時間眠れたぞー」と訳の分かんない自慢をされた。
「まあ、寝る子は育つって言うのは本当だったんだな」とちょっと司に憎まれ口をたたく。だってちょっと悔しかったんですもの。
「おうよ、向こうにいた時、大学で習ってた通りだ、人間は睡眠中にしか身長が伸びないって言われてたので、成長期の睡眠時間と身長の伸びが比例してたデーターお前も見たろ!!」
あっ、そういや、大学でそんな講義を受けたっけ。
たしか、あの時は、自分たちがいかに成長期に睡眠時間を削ったあほな遊びに没頭してたかすごい反省してたんだけれどなー。
ってか、ウイイレは楽しすぎてダメだよ。よく、休み前、司の家でオールでウイイレやったのを思い出す。
「ふっふっふ、司様は同じヘマは二度としないんだぜ」と鼻高々の司さん。
それじゃあ、ついでにってことで、俺は司に「体重計も乗んべ」と誘った。
「えーっ、体重計はちょっとー」そう言いながら急にもじもじし始める司。
おい、お前、なめんなよ!!!
「おい、でぶ、さっさと乗れよ」今日、司に会ってからのイライラがついに頂点を迎えた。
「な、なんだよ、デブって、ちょっとぽっちゃりしてるだけだろ、ぽっちゃり」と痛い反論をする司。どうでもいいからさっさと乗れ。
すると、司はまるで熱いお湯の中にでも入るかのようにつま先からそろーっと体重計の上に乗った。
そんな乗り方で体重などかわりゃしないのに、往生際の悪い奴だなー……と思ってたら、体重計の針は85㌔を示していた。
170cmで85キロって、やっぱりデブじゃねーか。
すると、司は、「あー、ダメだ、この体重計、壊れてらー」と信じられない往生際の悪さを発揮する。
んな訳ねーだろ!!!
俺は司の目の前で体重計に乗る。ほら55㌔、この昨日計った時と全然変わんない。
途端に顔色が悪くなる司。
「な、なぁ、この体重計、おかしいよな、神児」
「いや、合ってるぞ、俺、昨日も55㌔だったし……」
すると、今度は口元を引きつらせる司。
「そ、そ、そんなわけ、ねーだろ、俺だって、先週家の体重計で計った時は70㌔ちょっとだったんだぞ!!」
俺は司の反論を無視して、下っ腹をむぎゅっとつかむ。
「こんなふざけた下っ腹してて、70㌔ちょっとで収まるわけねーだろ!!」
「そ、そ、そんな、馬鹿な……」と司は口をパクパクしてる。
どうやら、こいつんちの体重計が壊れてたみたいだ。
だからって、この体形で70㌔そこそこなわけねーだろ、てめーんちには鏡ねーのかよ!!
茫然自失となった司は、そのままふらふらと、男湯の中に入っていった。
しかし、人間とは肉体が太くなってしまうと精神までも図太くなってしまうのか、ひとっ風呂終える頃には、
「まあ、太っちまったもんはしょーがねー、ちょっと頑張って痩せりゃいーやー」と豪快に笑う始末。ダメだこいつ。どうしようもない。
すると、司は、「じゃあ、ちょっとサウナでも行くべー」と誘ってきた。
まあ、せっかくサウナの代金も払ってるんだからと俺は司の後についていく。
一瞬、司と俺の姿が風呂場の鏡に映ったが、ぱっと見、お父さんと息子にしかみえねーぞ、司。
まあ、言ったら、いったで、ガハガハ笑いだしそうなので黙っておくことにした。
現役時代にはよくサウナに行ってたが、こちらの世界に来てからというもの、実は初めてのサウナだった。
かれこれ、1年数か月ぶりのサウナ、あー、整うなー。
と思ったところで、司が、「ところで、部活のサッカーどうだ、神児」と完璧にオヤジが息子にする質問をする。
「まぁまぁだよ」
「まぁまぁってなんだ、神児」
その神児って風呂の中で呼び捨てにするのやめてくんねーかな、お父さんに言われてるようですっごい落ち着かないんですけれど!!!
「この前の新人戦で勝って2回戦に進んだところ」
「どうなんだ、上まで行けそうか?」
「うーん、無理じゃん?そもそも練習量も足りてないし……」
中学に上がって、ビクトリーズと掛け持ちでとりあえず部活のサッカー部に入ったんだけれど、おっかない先輩はいないし、フレンドリーなんだけれど、とにかく緩いし、それ以前に練習量が全然足りてない。
もっとも、それは、生徒のせいってわけじゃなくて、うちの学校の部活自体が5時で終了ってのが原因なんだけれど……
なもんで、サッカーを本気でやっている奴は、大体、町のクラブチームに入るか、俺みたいにJの下部組織に入っている。
部活の先輩も八王子SCだった人も多いし、過ごしやすいんだけれど、本気でサッカーに取り組んでないってのがちょっと歯がゆい。
ビクトリーズの監督に頼み込んで、俺だけでもジュニアユースに入れてもらうわけにはいかないかなーと思ってるんだけれど……でもなー、と思って俺は左の膝を見る。
「そういや、お前の方の膝どうよ?」
司が聞いてきた。司も覚えてるんだ。前の世界でも中一の終わりくらいから俺もオスグットで苦しんだことを……
「最近、痛みが出始めてきた」俺は正直に言った。
「やっぱり、来たか」と司はそう言うと、ため息をついた。
「おおおー、整うー!!!」と水風呂で目をバッキバキにする司。もう、どっから見ても、そこらにいるおっさんじゃないですかー。
まあ、街中の銭湯なので、常連ばっかだし、サウナも水風呂もほぼ貸し切り状態なので、他の人には迷惑が掛かってないけど……ちょっと恥ずかしい。
「司、大声出すなよ」と俺。
「いいじゃねーか、サウナに入って水風呂、この瞬間に、生きてるって感じがビンビンするんだからー!!」とニッコニコの司。ほんとに引きこもり生活エンジョイしてるなこいつ。
すると、水風呂で二人っきりになっていることを司は確認すると、
「なあ、神児、お前、生えてきた?」とあたりをキョロキョロ見回しながら聞いてきた。
「ちょっ、おまえ、いきなり、何変なこと聞いてるんだよ!!!」
「別に、いいだろ、前の世界では散々っぱら一緒に風呂入ってた仲だし、いまさら恥ずかしがることじゃねーだろーが」とブツブツ。
そう言われてしまっては、確かにそうだと思い、俺は、「まっ、まだだよ」と司にしか聞こえないような小声で正直に答えた。
もっとも、前の世界では確かそろそろだったような気が……
すると、「おい、見てみろよ、神児」と司は水風呂の中で腰を突き出す。
いったい何が悲しくって、こいつのチンコをみなけりゃいけねーんだ……と思いつつ、どうせ、毛が生えたことの自慢だろうと思ったら……
俺以上につんつるてん……アレ?
しかし、司を見るとなんか、自信満々の顔してる?どういうこっちゃ!?!?!?
「なあ、神児、俺、まだ生えてねーんだよ」
そりゃ、みりゃ、分かるさ。
「だからどうした?」と聞いた。だってそう聞く以外ほかねーだろ。
すると、司は、しょうがねーなーこいつと言った顔になる。どういうつもりだ、オイ!
「おまえ、大学で習った生物学の講義忘れちまったのかよ?」と……
えっ、お前、いきなり大学の講義の話なんかするかよ……と思いながら、「何の話だったっけ?」と俺は聞く。
司は、あーあ、と言った感じであきれた様子。
「だから、なんだよ!!」
「お前、覚えてないの?人間ってのは、二次性徴がおわったら、身長が伸びなくなるの」
あー、確かに、そんな授業を受けた。そりゃ、そうだろ、二次性徴が終わっても背が伸びたら、老人になることにはみんな一体身長何メーターになるかわかったもんじゃない。
会社で、中年のおっさんが、「あーあ、今年は5cmしか伸びなかったなー」だの、「おやおや、私は8cm伸びましたよ」なんてやり取りがあったら怖いだろ。
まあ、もっとも、血糖値やコレステロールなんかの値だったら、やってるか。
すると、こいつ、鈍いなーと言った感じで司は俺を見ると、
「だから、二次性徴が始まる前に、170センチまで持ってこれたって意味だよ!!」
…………あっ、なるほど。確かにこの後、二次成長期のボーナスタイムがやって来る。そして人間はそれ以上背は伸びない。
フットボーラーとして背の大きさは圧倒的なアドバンテージになる。
まれにメッシのような例外もいるが、あの中村俊輔だって、マリノスを落とされ高校時代に一気に15cm伸びた時は、プレーの景色が変わったと言っていたくらいだ。
そして、その講義では、ニ次性徴を遅らせるに、もっとも効果的な方法というのは、少しでも多くの睡眠をとることだと教授は言っていた。
ってことは、俺は司を見る。
すると、司は、やっとわかったのかこいつという顔をしていた。
「ああ、あの教授の言ってたことは、大体あたりだよ。そして俺は、少しでも背を伸ばすために……二次性徴を遅らせるために、必死になって寝てたんだぜ、この一年」そう言ってニヤリと笑った。
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