第22話 ウォーターボーイズ&ガールズ その3

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 お昼になり、休憩エリアの人工芝の上で、チームのみんなと弁当を食べる。


 俺は司や遥と一緒のグループで弁当を広げた。なぜだか翔太も一緒にいる。まあ、このあと、一緒にサッカーやるからちょうどいいか。


 俺はお母さんが使ったウインナーと卵焼きの入ったおにぎり弁当だ。ちなみに昨日と全く一緒の献立。


 お母さんがおかずを変えようかと言ってくれたが、俺はこれが好きなのだ。卵焼きとウインナー。


 これこそ最高の組み合わせじゃないか。ちなみにおにぎりの具は鮭とシーチキン。完璧だ♪ 


 遥はおしゃれなサンドイッチのお弁当。


 翔太はお母さんの気合の入りが分かる、ポケモンのキャラ弁。

 おい、お前、もう六年だろ。


 でも、まあ、翔太には妙ににあっているからこれでもいいか。

 ピカチューのオムライス。


 武ちゃんは渋いのり弁の大盛で、順平は肉がぎっしり詰まった焼肉弁当。

 共にスポーツ少年って感じがビシバシ伝わってくる潔い弁当だ。


 そして、ひときわ異彩を放つのが、司の持ってきた弁当?と言えるかどうかわからない食い物だった。

 司は俺たちがワイワイ楽しそうに弁当を広げている合間に、シェーカーにプロテインを入れ、ミネラルウォーターでシャカシャカしている。


 こいつ、本気(ガチ)じゃねーか。

 そのほかに盛ってきた中身を見ると、茹でた鶏むね肉にブロッコリー、魚肉ソーセージとチーズかまぼこ。

 梅干しの入った玄米のお握り。


 やだー、司さん、ガチじゃないですか。

 ここまで楽しくない栄養バランスだけを考えたメニューもなかなかない。


 昔の司は、お料理好きのお母さんが作った、魚のフリッターとかテリーヌとかが入ったおしゃれなお弁当だった。


 いつも重箱に詰めてきて、昨日までは、みんなにふるまってくれたのに、今日はもう、その面影の欠片もない。


 正直、俺はウインナーと卵焼きしか持ってこなかったのは、司からおかずをもらう前提だったからなのだ。


「何やってんの司」

 遥が眉間にしわを寄せてプロテインをシェーカーで混ぜ混ぜしている司に聞く。


「何やってるって、プロテイン作ってんだよ、お前も飲むか?」


「いや、間に合ってます」


「そうか、飲んだら体がでっかくなるぞ」


「なおさら、間に合ってます」

 こういうところの女心が分かってない司。


「えー、体大きくなるのー、じゃあ、僕、飲むー」とさっきから興味津々の翔太。

 

司はあらかじめ用意していたのか手際よく紙コップを用意すると、シェークされたプロテインを翔太にふるまう。


「うーん、びみょー」複雑な顔をする翔太。


 そうだよな、この頃のプロテインって、今ほどおいしくなかったんだよなー。


 今でこそ、スポーツ選手には欠かせないプロテインだったが、14年前はまだ、ボディービルダーや一部のアスリートしか飲んでいなかった。


 ましてや、子供がプロテインを飲むなんて言う習慣は、俺が知っている限りどこにもなかったのだ。


 司は腰に手を当てると、シェーカーごと、ゴキュゴキュとプロテインを飲み始める。


 その様子をみんなで見つめていると、ぷはーという声と共に一気に飲み干した。


 そして、空になったシェーカーにプロテインの粉をまた入れると、シャカシャカとシェークし始めた。


「なんだよ司、まだ飲むのかよ」

 さすがにそれは、量が多すぎだろと思い言うと、


「何言ってんだよ、おまえの分だよ」とシェークされたプロテインを差し出された。

「さっ、遠慮しないで、グッといけ」これ以上ないくらい真剣な司の眼差し。


 もしこれを断ったら「テメー、人のプロテイン、飲めねーっていうのかー!!」とひと悶着がありそうだ。


 俺はあきらめて、司の差し出したプロテインシェーカーを受け取った。


 そして腰に手を当てゴキュゴキュと一気の飲み干す…………プハーッ。


 ああ、これちょっと、のどがイガイガする。

「これあんまし、いいプロテインじゃねーなー」俺はブツブツ文句を言う。


「うるせー、贅沢言うな」

 司はそういうと、タッパの中に入ってた鶏むね肉のボイルに生のレモンを大量に絞りかける。


「レモンの中に入っているクエン酸は、疲労回復にいいからな」

 ユースのコーチとあって、栄養学もしっかり勉強している。

 おれもちゃんと見習わなければ。


「あら、司、くわしいわねー」

 珍しく、遥が司に感心している。


「おう、よかったら、遥も食え」

 実は遥も、司の弁当の常連のだった。

 今日、司の持ってきた、味も素っ気もなさそうな弁当に対して俺同様に失望していたのだ。


「まぁ、それじゃ」

 そういって、レモンを大量にかけられた鶏むね肉を食べる。


「あら、意外とさっぱりしてコレ美味しいわね。思ったよりも鶏肉もしっとりしてるし」

 そう言ってもぐもぐ食べる遥。

 実は将来、毎朝お前がコレつくるんだぜ、遥。


「ほら、お前も、神児」

 そう言って俺にも勧めてくる司。

 ハイハイハイ。いつもお世話になってますね。司さん。


 前の世界でも、しょっちゅう俺に飯をおごってくれていた司。底辺Jリーガーの薄給では、ご飯代もままならないのだ。


「でも、これ、味があきてくるんだよなー」とぶつぶつと文句を言う俺。

 だって、現役の時はこれ、毎日のように食わされてたんだから。

 まぁ、一昨日まで現役でしたんで。


「文句言うな、神児」

 そういうと、司はちっちゃなタッパを取り出した。

 見ると中にはタルタルソースが。ほんと準備いいなお前。


「あらヤダ、何それ、ちょっとおいしそうじゃない」

 そう言って遥は俺より先に、司の持ってきた司の母ちゃん直伝のタルタルソースを手に取ると、サラダチキンに付ける。


「うまっ!!!」そう言う遥。

 これタルタルソースの中に茹で卵がいっぱい入っていてホントおいしいんだ。

 まあ、これも将来お前がつくるようになるんだけれどな。(笑い)


 むしゃむしゃとサラダチキンを食べる遥。

 すると、遥は気が付いたように、ああ、これ、私の持ってきたサンドイッチ。

 よかったらどうぞと言って出してきた。

 サンキュー遥。いつもお世話になってまーす。


 向こうにいたときは週3で司の家にご飯目当てでお邪魔していたオレ。


 新婚家庭にちょくちょく顔を出すのはさすがに気が引けのだが、俺の経済事情を誰よりもよく知っている司が、「給料をしっかり払えない会社の代わりせめてこれくらいは」という事で、俺の食事をよく面倒見てくれていたのだ。

 ほんと頭が上がりません。


「僕も、いいかな」と翔太も言ってきた。


「おう、食え食え」

 そう言って翔太にもサラダチキンを分ける。

 大量に持ってきた司のサラダチキンがみるみるとなくなってゆく。


 そういや、こいつもビクトリーズに一緒にいたとき、よく司の弁当を一緒に食べてたもんなー。


 と、その時、俺の背後から声を掛けられた。


「やっほー、遥ー、ここにいたんだー」


 そういって、振り返ると、俺のクラスの弥生(やよい)と莉子(りこ)だった。


「おう、おめーらも来てたんだー」と俺。


「うん、遥からチケットもらってたんでねー。ありがとー遥」そう言うと、弥生と莉子が遥に手を振る。


「いいの、いいの、どうせ、持ってたって、余るんだから」そう言う遥。

 しばらくは女の子同士のたわいもない話は続いてた。


「ってか、昨日の試合、すごかったねー。司君、怪我大丈夫だったの?」と心配した様子の弥生。


「おう、おかげさまでこんな感じ」

 そう言って左足をひょこひょこ上げ下げする司。


「あーよかった、莉子と一緒心配してたんだよねー」

 弥生と莉子はホッと胸をなでおろす。


「ってか、おまいらも見に来てくれてたんだ、サンキュ。」

 そういってニカっと笑う司。


「そりゃー、見に行くわよー。元チームメイトだったんだもん」と弥生は言った。


 実はここにいる弥生と莉子。3年生になるまで俺たちと一緒のチームメイトだった。


 ところが、4年生に上がるとき、サッカーを止めて、近所のキックのチームに行ってしまった。女の子ってキックベースボールよくやってるよな。


 まあ、いろいろと事情があったと思うが、その一つとして、男の子と泥まみれになるのが、イヤだったみたいだ。


 なんか、どうも、すみません。

 ほら、女の子って男よりも先に、大人になるっていうじゃん。

 まあ、いろいろあるんだよ。


「でも、ホント感動した。あのビクトリーズ相手にあそこまで追い詰めたんだもん。司君最後まで出てたら、きっと勝ってたよ」


 そう言う弥生。そう言ってもらえるだけでホントなんか救われる。


「莉子とも話してたんだよ。もし、私達もサッカーを続けていたら、あそこに出れたのかな……なんて」


 実際、弥生も莉子も、サッカーの実力はなかなかのものだった。

 弥生はフォワードで莉子はディフェンダー。

 3年生まではチームのレギュラーだったくらいだ。


「最近、莉子とも話してるの。中学に入ったら何するかって」と遥に話す。


「ああ、キックって、中学にはないからねー」としみじみ言う遥。


 そうなんだ。キックベースは中学生になっても続けている子はほどんどいない。


 実際、ここら辺の中学校では、女子キックのクラブがある学校は無い。


「水泳このまま続けるか、それともバスケかバレーをやるか……」と弥生。


 実は弥生も莉子も水泳の実力もなかなかだ。確か毎年のように市民水泳大会に出場していると聞く。


「そういや、弥生も莉子もスイミング続けてるのか?」司が言った。


「うん、もちろんよ。」確かに今、弥生と莉子が着ているバリバリの競泳用水着は現役選手の証でもある。


「今年も市民大会にはしっかりエントリーしてるのよ」そう言ってVサインをする莉子。


 その時、司の目がキラーンと光ったのを俺は見逃さなかった。


「なぁ、弥生、そのエントリーってどこですんの?」司が言った。


「うん?そこの事務所でできるわよ」そう言うと入り口の事務所を指さす弥生。


「ちょっと、それ、詳しく聞かしてくんない?よかったらコレどうぞ」そういって、司は莉子と弥生にフルーツの入ったタッパを差し出した。


 中にはキウイフルートとパイナップルの切ったものが…………なにからなにまで抜け目ないな。


 ちなみにキウイとパイナップルにはたんぱく質を分解する酵素がはいってるんだ。


「あら、どうも」そういうと、弥生と莉子はパイナップルを一切れつまんだ。


「で、どんなエントリーしてるの?」


「ん?、えーっと、私はフリーの100mと50m」と弥生。


「私はそれに加えて平泳ぎの50mも」と莉子。


「ふーん、あと、どんな種目があるの?」


「うん?基本の4泳法、クロール、平泳ぎ、背泳ぎ、バタフライの50と100かな?」と弥生。


「うんあと、リレーと個人メドレー?あったっけ?」と莉子。


「まあ、いいや、そんだけわかりゃ、サンキュ」と司。


「いえいえ、どういたしまして」と莉子と弥生。


「ところで、莉子、弥生、このあと、こいつらとそこの広場でサッカーやんだけれど、おまえらも、久々にやんねー?」そういって、翔太たちを紹介する。


「うん、いいよー、昨日の試合見てちょっとうずうずしてたんだよねー」


「うん、昨日の試合、ちょー燃えた」


「じゃあ、あとで、そこの広場に集合な」


「おっけー」


 そのあと、俺は、昼飯を食べ終わった後、人工芝の上で寝転んで食後の休憩をしていたら……「おい、ちょっといいか?」と司が声を掛けてきた。


「なんだよー、司」せっかく気持ちよく寝転んでいたのに……


「いいから、お前、ちょっと、付き合え」

 司の口元がニヤッとなる。


 …………もう、嫌な予感しかしない。

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