第260話 Licht~光(20)
真尋は魂が抜けたように病院の廊下のベンチに腰かけていた。
もう涙も枯れてしまった。
絵梨沙も何も言わずに彼に寄り添うだけで。
数時間前まであの光の中にいたのが
嘘のように
薄暗い待合のベンチで
重い
重い
気持ちで座って
時間だけがただ過ぎていく。
「マサ、」
泣きはらした顔でカタリナがやってきた。
「・・ありがと、」
真尋は彼女に顔を上げた。
「ほんっと。 ありがと。 あたしもお礼が言いたい。」
「礼なんか・・」
もうやめてほしい、と正直そう思った。
「おじいちゃんがね。 悔いなく人生を終えられたのも。 マサのおかげだから。 今日の公演が大成功だったことよりも。 おじいちゃんにもう一度ピアノを教える生きがいを思い出させてくれたことをあたしは感謝したい。すっごい濃い2年間だったと思うよ、」
カタリナは真尋の隣に腰かけた。
「ママともね。 おじいちゃんがマサに会えてよかったよねーって。 いつも言ってたの。 おじいちゃんは指導者として幸せに天国に行けたんだから。」
真尋はうつむいて
「もー・・やめてくれよ。 いいよ、もう。」
と、いじける子供のようにまた泣きそうになりながら言った。
カタリナは1通の封筒を真尋に差し出した。
「・・おじいちゃんの。 枕の下から見つかったの。 マサ宛てだったよ、」
もうよれよれの字で
『Masahiro』
と書かれていた。
読むのが怖かった。
それでもその手紙を取り出してみると
乱れた文字で
『もうわしに教えることはない。 ひとりでもやっていける。 これからは日本のボスと話し合って、おまえにふさわしい仕事をしていきなさい。 ウイーンならわしの名前を出せば、少しは仕事も来るだろう。 公演が成功したならば、もうわしの力などいらないだろうが。 おまえももう父親になったのだから、妻や子供のことも考えて、わしのように家庭を顧みないと、さびしい最期になるだろうから。 あの『キエフの大門』を聴いたときから、わしの情熱が蘇った。いままでにないようなエネルギーを感じ、胸が躍った。 きっといつかこの才能が花開くことを信じて、厳しい指導もしてきた。 わしの目に狂いはなかった・・』
もう涙で読むことができなくなってしまった。
黙って絵梨沙にその手紙を手渡した。
顔を覆う真尋に
「こんな長い手紙。 いつ書いたんだろう。 もうずっと寝たきりだったのに。 こんなときが来ると思って、まだ身体が動くうちに準備しておいたのかな、」
カタリナも鼻をすすった。
一度もほめてもらったことなんかなかったのに。
キタネエよ・・
もう
おれからなんも言えないじゃんか・・
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