第256話 Licht~光(16)
熱い・・
真太郎は決して暖房が利きすぎてない会場内であるのに、汗が噴き出てきた。
なんだか身体の芯にその『熱』の元があるみたいに。
真尋は自分と違い、ひとりでこの道を拓いて突き進んできた。
弟とはいえ本当に尊敬できる。
がんばれ・・。
もう胸がいっぱいでそれだけしか思うことができなかった。
第2楽章の抒情的なパートになると、真尋は目を閉じてふうっと上を向いた。
夜も昼もわからなくなるくらい
ピアノばかりの毎日で
こんなにもピアノに打ち込んだのも初めてだった。
人にやらされるのでなく
身体がピアノを求めてやまなかった。
シェーンベルグが命を削り、自分にピアノの息吹を吹き込んでくれたことも
そのプレッシャーに押しつぶされそうになることがイヤで、わざと考えないようにした。
もうこの演奏で彼に恩返しをするしかないと
それだけを考えていた。
カタリナも真尋のピアノに耳も目も釘付けになっていたが、ふと我に返り祖父を見る。
すると。
まるで夢を見るかのような穏やかな表情で
痛みなどどこかに消えてしまったかのように微笑んでいた。
そして
痩せて目立つようになった顔の皺に沿うように
涙がこぼれていくのを見た。
「おじいちゃん・・」
確実に天国へ旅立つ準備を始めている祖父の
本当に幸せそうなその顔に堪えきれずに涙ぐんだ。
絵梨沙も途中から涙が止まらなかった。
ずっと同じ姿勢で竜生を抱っこしているのに疲れなんかちっとも感じないように
真尋しか見えていなかった。
2ヶ月の竜生はまだ目がはっきり見えていないだろうに
眩しい舞台へとその視線をやっていた。
父親だなんてわかるはずがないのに
その背中を見ているような気がして
「・・竜生。 パパのピアノよ。 ママが大好きなパパのピアノ。」
そう語りかけて片方の手で涙を拭った。
あたしたちは
音楽で結ばれた。
そして
新しい命が生まれて
これからもずっとあたしたちの幸せはこのピアノと共にある。
フィナーレに近づき
真尋の大粒の汗が首筋を伝わる。
・・ありがとう。
これ以上の言葉が見つからない。
鍵盤に最後の音を落とした時
全身に稲妻が走るような感覚に襲われた。
真空の世界から
一気に戻ってきたかのように全身の力が抜けてゆく。
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