第7話 逃走
「いたぞ!あそこにいた!」
全身甲冑に身を包んだ男が、馬の上から遠くを走るフランツとエリーゼを捉えた。
「やべえ!もう見つかった!走れエリーゼ!」
フランツはエリーゼの手を掴みながら走った。
彼女もまた、後ろから必死に駆ける。
「ざっと、10の騎馬隊!20の兵士!クソッ、国賓級のお出迎えじゃねえかッ!」
スピードでは一瞬で追いつかれてしまう。
二人は、家の裏路地で翻弄した。
追い抜く人々全員がこちらを振り向く。そんな事、もうお構いなしに激走した。
走った。
とにかく、走った。
3m、2mと馬に乗った兵士と二人の距離が縮まる。
「フランツッ!」
その時、エリーゼの服を兵士の一人が掴んだ。
強引に引っ張られ、エリーゼが後ろに吹き飛ばされそうになる。
「離しやがれッ!」
フランツはその兵士の手を掴むと、エリーゼと引き離した。
二人は、すぐ横の路地裏へ駆け込む。
「二人は路地に逃げたぞッ!囲めっ!」
騎馬隊が先を急ぐ。
迷路のような住宅街。巨大な街の中心で、二人は立ち尽くす。
「フランツ、ちょっと待って…あ、足が…痛いっ」
エリーゼの声で、二人はその場で止まった。
彼女の足を見ると、もう既に靴は何処かに消えており、血塗れになった足が痙攣していた。
すぐにエリーゼを座らせると、フランツは鞄から生地の端切れを取り出した。細い帯状にビリビリに破き、それを彼女の足へグルグルと巻いていく。
「…フランツ…、怖いよ…。怖くて、足がすくんじゃう…どうしたら…」
彼女の足はブルブルと震えていた。
そんなエリーゼの手を、フランツはしっかりと掴む。
「大丈夫だ、俺がいる!今は俺に付いてくる事だけを考えろ!他は何も考えるな。いいな!?」
エリーゼは、フランツの目をじっと見つめながら、大きく頷いた。
彼は、そんな彼女の頭を優しく撫でる。
「強い子だ。本当に限界が来たら、俺がおぶってでも走ってやるからな!それまで、踏ん張って走ってくれるか?」
「うん!」
「よし、行くぞ!」
再び、二人は走り出した。
街の路地を駆け抜ける。
二人の逃走劇は、街の端まで続いていた。
エリーゼは、息も絶え絶えになりながらも、必死に走る。口の中で血の味が広がっていた。もう既に走るのも限界に達しているのに、何故か走る勇気が湧いてくる。
目の前の人が、何度も私に勇気を与えてくれる。
走りながら、横に積んである樽を後ろに向かって吹き飛ばす。
兵士の走路を邪魔した。
屋根も登った。
家の柵も。
「もうすぐ街の端に着く!それで逃げ切れる!」
フランツの怒号が響いた。
そんな言葉に希望を持ち、エリーゼもまた足を早める。
この街は、街の端に人二人分ほどの高さの壁を築いていて、その周りを大きな堀が囲い、その先は田園や山々が広がっている構図になっている。
その端の壁が、見えてきた。
彼が、その壁を先に登る。
程なくして、フランツが上からエリーゼに手を差し伸ばした。
「さぁ、登れ!」
小さい体が、勢いよくジャンプし、男の手を掴む。
その後ろから、騎馬隊が怒号を発しながら迫ってきていた。
数十mから、数m、目の前まで一瞬で迫ってくる。
だが、間に合った。
二人は壁へ攀じ登ると、外の光景を確認する。
そこには、最後の難所が、目の前に立ちはだかっていた。壁の下には、何十mと掘られた堀があり、その先に広大な大地が広がっている。
堀に落ちたら、ひとたまりもない。
数秒の沈黙を破り、意を決したフランツが先に飛んだ。
空を舞い、下の大地目がけて勢いよく飛んでいく。そして、彼は受け身を取りながら、大地に倒れ込んだ。
「さぁ、エリーゼも飛んでこい!」
「ど、どうしよう…、こ、怖くて、足が動かない…」
「大丈夫だ!俺を信じて、飛んでこい!」
「ダメ…ほ、本当に動けないのっ!」
エリーゼは、堀の下を覗き込み、大きく息を呑んだ。
震える足をなんとか抑え込み、ワンピースの裾を捲り上げる。汗が、滴った。視界が、グラグラと揺れる。
それでも、目を瞑り、意を決して飛ぼうとした。
その時、
「エリーゼ様ッッ!」
騎馬隊の後続が到着した。
その後ろから、馬に乗ったマクミラン卿がこちらに向かって叫んでいた。
その声に、エリーゼは後ろを向いてしまう。
「…じぃじっ!!」
「なぜ、こんな事を!エリーゼ様!訳を話してくだされッ!屋敷に戻りましょう!」
一瞬で、エリーゼの頭の中にはマクミラン卿との思い出が蘇る。
母親は特に世話をしてくれなかったが、卿は熱心に世話を焼いてくれた。じぃじ、じぃじと何度もワガママを言ったが、全て受け止めてくれた。
「…エリーゼッ!?」
フランツは、下からエリーゼが騎馬隊の方を向いたのが確認できた。
彼女は、寂しそうな目でマクミラン卿の方を見る。
「まだ、間に合いますッ!さぁ、家に帰りましょうッ!」
「…じい、じ…」
震えていた足が、ピタッと止まった。
そして、騎馬隊の方へ、壁上のギリギリまで歩いていく。
フランツと、マクミラン卿両者は、大声で彼女の名を叫んだ。
意を決して、駆け出し、彼女は空を舞う。
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