閑話 一方その頃ユキトは

 アリアが去った部屋にて、ユキトは2人のオス人間がアリアの鞄を漁るのを見ていた。

 あの鞄には魚という食べたことのない生き物の肉を干したものが入っているのだとアリアが言っていたのをユキトは思い出していた。

 それを漁るオス人間たち2人はユキトにとって敵であり、今すぐその首を圧し折って殺してしまいたい衝動にかられた。

 だがアリアから人間の街では簡単に人間を殺してはいけないと言われているのでユキトは我慢していた。

 

「くそっ、ねえな」


「ああ、どこにも金目のものがねえ。上の話じゃああのガキ金には困ってねえって言ってたらしいぜ」


「それに高価な海の魚の干物もこんなに買ってやがる。絶対にどこかに金貨があるはずだぜ」


「だがよ、全然出てこねえぜ」


「ちっ、やっぱ金目のものは肌身離さず持ってやがったのか?女は隠せる場所が多いからな、へへっ」


「身体検査、やるか?」


「無理だろ。あの狂犬みたいな目見たか?指の1本でも触れたら殺されるぜ」


「オーガみてえな怪力だったしな。だが獣人らしく馬鹿で助かったぜ。さすがにミスリル合金でできた鉄格子は壊せねえだろうしな」


 ユキトは目のまえでマヌケにも背中を晒している2人から全く強さを感じ取れなかった。

 アリアからは自分の身に危険を感じたときのみ、躊躇せずに殺していいと言われている。

 残念ながら目の前の2人ではユキトの命を脅かすことはできなさそうだった。

 ユキトは手加減が苦手だ。

 生まれてから今まで過酷な森で暮らしてきて、それが必要になったことがないからだ。

 はたしてこの2人を手加減して蹴ったとして、生きたまま倒せるだろうか。

 さきほどからユキトの考えはそこを行ったり来たりしていた。


「ん?なんだこれ。見たことねえもんがあるな」


「なんかの魔道具か?」


 2人の男が鞄の中から取り出したものを見てユキトは怒り狂った。

 なぜならそれはユキトがアリアから貰った虹色の球だったからだ。

 どんな大きさの物であっても一つだけならなんでも入れておくことのできるその球には、ユキトの宝物であるトカゲの目玉が入っていた。

 以前住んでいた森によく出るオークくらいのサイズのトカゲ。

 そのなかでもたまたま見つけた片目の虹彩が綺麗な青色をしていた個体。

 虹色のカプセルに入っていたのはそいつの青い目玉だった。

 そのカプセルはユキトがこっそりアリアの鞄に入れてもらっていたものだったのだ。

 ユキトは我慢できずに2人のオス人間に飛びかかった。

 そして器用にオス人間の持っていたカプセルだけを足で弾くと、空中でキャッチする。


「なっ、なんだこいつ!!」


「さっきの獣人が連れてた兎か。そいつを返しやがれこの獣畜生がっ」


 ドタバタとオス人間たちがユキトに手を伸ばしてくるが、ユキトは欠伸が出そうだった。

 それほどにオス人間たちとユキトのスピードには差があったのだ。

 しかしいい加減に鬱陶しい。

 ユキトはしばらく考えた結果、首を狙わなければいいのではという結論に達した。

 首は細いので当たり所によっては軽く蹴っただけでも死んでしまうことがある。

 ならばと思い、ユキトは胴体の中で首から一番遠い部分を軽く蹴り上げた。

 首から一番遠くて多少強く蹴っても命にかかわらなさそうな部分である、股間を。


「ぎゃぁぁぁぁぁぁっ、お、俺のっ、おれ……」


「ひっ、こ、こいつ、股間を、やめっ、やめろっ、やめるんだっ、やmぐぁぁぁぁぁぁぁぁっ」


 オス人間2人はぶくぶくと口から泡を噴いて倒れてしまった。

 ユキトはやってしまったかもと思い2人の心音を聞くと、しっかり生きていた。

 ほっと息を吐き出す。

 生殖器を失っても死にはしない。

 死ぬほど痛いかもしれないが。

 ユキトは惨状を一瞥すると、カプセルを持って部屋を出た。

 帰りの遅いアリアを探しに行くのだ。

 途中鍵のかかっている扉があったので蹴って破壊する。

 開け方のわからない扉もあったが面倒なので蹴って破壊する。

 ユキトはアリアに人間社会のことを色々と教わっていたが、建物を破壊してはいけないとは言われていなかったのだ。

 もちろんユキトはなんの理由もなしに壁を壊したりはしないが、今いるのは敵地だと考えていたのでそれを破壊することに躊躇はない。

 途中武器を持ったオス人間たちに囲まれたが、戦わなかった。

 さっきは2人だったので殺さずに済んだが、数が多いと誤って殺してしまう可能性が高かったからだ。

 ユキトは代わりに通路の壁を蹴って破壊した。

 扉が無ければ作ればいいと考えたのだ。 

 破壊した壁の向こう側の部屋に飛び込んだユキトだったが、その部屋には変な匂いのする草が大量に保管されていた。

 それは人間であれば軽く顔をしかめる程度の匂いだったが、野生の兎であるユキトには強烈な匂いだった。

 そんな部屋の壁を破壊したせいで、あたり一面に匂いが充満してしまう。

 匂いによってアリアの場所いる場所を探していたユキトは完全に方向を見失った。

 仕方がなくユキトは、やみくもに壁を破壊しまくった。

 森の中なら自分やアリアの位置を見失うことなんて無かったのに、街というのは面倒な場所だとユキトは思った。

 しかし同時に、興味深いもので溢れていることも確かだ。

 天井を破壊して青い空のもとに出たユキトは、アリアを追うことを忘れて香ばしい匂いの立ち昇る屋台横丁に吸い寄せられていった。

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