76.魂の洗濯

 すさまじい速度で景色が流れていく。

 新幹線などは目じゃないくらいの速度だ。

 これがホウキの全速力か。

 スタートした時に衝撃波のようなものが出たのでおそらく音速は超えているだろう。

 ミニスカサンタ服が無ければ空力加熱で服が燃えて色んなところを火傷していたかもしれないな。

 音速で飛ぶことほんの数分。

 私の眼下に流れていく景色が緑から茶に変わった。

 森を抜けたのだ。

 ホウキの速度を緩めると、景色がはっきりと見えるようになった。

 青々とした木々が茂っていた森と違い、随分と殺風景な場所だ。

 植物は背の低いものが多く、露出した大地はひび割れている。

 森の向こうには荒涼とした大地が広がっていた。

 岩石砂漠とまではいかないが、あまり農業とかには向かなさそうな荒れ地だな。

 ひろしの世界でいったらアメリカのグランドキャニオンやオーストラリアのエアーズロックのような赤茶けた岩山が広がっているような土地に似ている。

 荒涼としてはいるが、どこか幻想的な雰囲気もあるような場所だ。

 前に魔王城を設置していた湖のほとりのように住みやすくはなさそうだけど、けっこう好きな雰囲気だ。

 なにより広い土地がいっぱいあるのがいい。

 魔王城を設置して休むことができるじゃないか。

 私はさっそくなんか良さげな台地の上に魔王城を設置した。

 畑を拡張したせいで馬鹿みたいに広い土地が必要になってしまった魔王城を余裕で設置することのできるこのへんで一番大きな台地の上だ。

 エアーズロックとどちらが大きいだろうか。

 ひろしはオーストラリアとか行ったことが無いのでわからない。

 カプセルから出た魔王城は、湖の畔に設置されていたときとなんら変わった様子はない。

 ガチャボックスの中は時間が止まっているので当然なのだが、それが逆にこの場所にはミスマッチに思えた。

 先ほどまで赤茶けた岩石だった地面には栄養豊富な土がこんもり盛り上がった畑が広がっており、庭には噴水まである。

 こんな場違いなものを作るんじゃなかったかな。

 まあ今はそんなことはどうでもいいか。

 とにかく今はお風呂に入りたい。

 私は魔王城の玄関を開けてお風呂に直行した。

 ゲイルとエリシアが来たときにお風呂は大浴場くらいのサイズにまで拡張してあったのだが、あれから私はお湯の方にもこだわり始めた。

 初期費用と維持費にかなりのポイントを消費してしまったが、温泉を引いたのだ。

 それも二種類。

 美人の湯と呼ばれお肌がつるつるになるアルカリ性のお湯と、殺菌作用が強く皮膚病や美白に効果があると言われている硫黄のお湯の二種類だ。

 この二種類が隣り合っている温泉なんか温泉大国のひろしの国にも無いのではないだろうか。

 温泉マークのついた暖簾がかかった入口を潜ると、硫黄の独特の匂いが香ってくる。

 硫黄は無臭なので正確には硫化水素の匂いだったか。

 どっちでもいいんだそんなこと。

 決していい匂いではないのになぜだか落ち着く匂いだ。

 素早く衣服を脱ぎ捨てると、すべて洗濯機にぶち込んだ。

 1か月洗濯できてないから洗濯物がかなり溜まっている。

 あとで何度か洗濯機を回さなければならないだろう。

 足元でユキトがあっちに行ったりこっちに行ったりとそわそわしている。

 ユキトも早くお風呂に入りたいのだろう。

 この兎もなかなか綺麗好きだからな。

 森での1か月も別にずっと身体を洗えなかったわけじゃないけれど、まだ水が冷たい季節だからそんなにしっかりとは洗えていない。

 ユキトにはしっかり浴槽に浸かる前に身体を綺麗にすることを徹底させている。

 汚い毛皮のままお風呂にダイブするような下品な兎ではないのだ。

 お利口さんの兎には私が身体を洗ってあげよう。


「いこっか、ユキト」


「…………!」


 ユキトがモフっと抱き着いてくるが、少し野生的な匂いがした。

 おそらく私も相当野性味あふれる匂いになっていることだろう。

 そのへんはお互い様だ。

 シャワーから出るお湯とシャンプーでユキトの身体を洗い、私も頭からつま先までわしゃわしゃと洗う。

 皮脂汚れであまり泡立たず、何度か洗い流すとようやくアワアワになった。

 泡だらけのユキトが背中に張り付いて私の背中を洗ってくれているようだ。

 モフモフ毛皮洗体がめっちゃ気持ちいい。

 シャワーで泡を洗い流すと、野生動物からようやく人間に戻れたような気がした。

 ユキトも満足げな顔をしている。

 警戒心は大事だけど、やっぱりリラックスできる時間も必要だと感じる。

 すっきりしたところで、そろそろ大本命の浴槽に浸かるとしよう。

 ユキトはあまり硫化水素の匂いが好きではないのでアルカリ性の温泉の方にユキトを抱えて入る。

 私には少し熱めに感じる42度の温泉は、足先からビリビリと身体の芯まで温めていく。


「ほぁぁぁ」


 肩まで浸かるとおっさんみたいな声が出た。

 身体の力が全部抜けるような究極のリラックスだ。

 身体の力を全部抜いて脱力するというのは意識してやると意外と難しいのだが、お風呂に入ると自然とそうなるから不思議だ。

 それだけこの環境が人間にとって心地がいいということなのだろう。

 私とユキトは、この1か月で培った野生を一瞬で全て失った。

 

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