25.兎

 兎、生きていたのか。

 まさか巨人とトカゲのあの猛攻を受けて生きているとは思わなかった。

 しかし満身創痍ではあるようで、兎は私を睨みつけたままパタリと倒れ込んでしまった。

 このまま放置すればいずれ死ぬだろうことはその出血量を見ればわかる。

 人間は体重の30パーセント程度の出血量で命に危険があるという。

 動物もそうなのかはわからないが、少なくとも体重の半分の血を失って生きていられる生き物はそういないだろう。

 この兎もずっとダラダラと血を流し続けており、その量は普通の兎だったらとっくにあの世に行っている量に思える。

 正直どうしていいのか判断に困る。

 ひろしの好きなラノベの主人公なら間違いなくもふもふは正義とか言って助けるのだろうが、あの強さを見たあとではちょっと怖気づいてしまう。

 それに人間がそうであるように、魔物にだって恩を仇で返すような薄情な奴はいるだろう。

 あの巨人なんか見るからにそんなタイプだ。

 ぶち切れて仲間をジャイアントスイングでぶっ飛ばしてぶつけてくるくらいだし、恩だとかそんなことを感じるような感性がそもそも無さそうだ。

 ひろしの国の昔話に出てくる兎はどいつもこいつも傲慢だったり鬼畜だったりずる賢かったりと性格がよくなさそうだし、この兎にも義理堅い性格を期待しないほうがいいのではないだろうか。

 しかしここで見捨てたとして、もし奇跡的に生き延びたりしたら恨まれそうだ。

 となればここはなんらかのリターンを期待して助けるのではなく、後の面倒を回避するために恩を売っておくのがいいかもしれない。

 もちろん兎の戦闘能力を甘く見ることはできないので治療するのは結界の中に逃げ込んだあとだ。

 私はトカゲと巨人の死体を空きカプセルに入れてガチャボックスに入れ、魔王城の結界内部に戻った。

 兎の傷を癒すのは下級回復薬に任せる。

 兎は血まみれだが五体満足なのでおそらく中級回復薬を使えば綺麗さっぱり怪我を癒すことができると思うが、さすがに2つしかないものを見ず知らずの魔物に使ってあげようという気にはなれない。

 下級回復薬も先ほど出た分を含めて全部で5つしかないので本当はあまり使いたくはないが、他に治療の手段がないので仕方がない。

 ガチャボックスから下級回復薬の入ったカプセルを取り出し、パカリと開ける。

 栄養ドリンクの瓶くらいの透明な小瓶に入った黄色い液体、これが下級回復薬だ。

 上級は深い緑色、中級は黄緑色をしていたあたり、緑色が濃くなるほどに薬効成分が多くなるのだろう。

 下級でも庶民には気軽に買うことなんかできない高級品だ。

 その効力は確かで、軽い裂傷や火傷程度ならば一瞬で治ってしまうだろう。

 生命力の高い魔物ならばその程度の回復力でも十分に息を吹き返すことができるだろう。

 まあもし助からなかったとしてもそれはそれで私に害はないし、助かれば私のおかげだから私に恨みを持つようなこともないだろう。

 私は手を伸ばし、結界の中から兎に向かって下級回復薬をぶちまけた。

 回復薬は飲んだほうが効率的に吸収することができるが、傷に直接かけても効果がある。

 あとは兎の体力次第だ。

 いきなり元気になられても怖いので私は魔王城に引っ込むとしよう。

 このまま死んでしまっても後味が悪いのでできれば元気になってもらって、今後は私に関わらないでいてくれるとありがたいのだが。



 


 次の日、玄関を開けると兎がいなくなっていた。

 とりあえず一度は動けるくらいに元気になったようで少しだけ安心した。

 その日は巨人とトカゲがめちゃめちゃにした結界の外を掃除して1日が終わった。



 また次の日、なぜか庭先に大きなイノシシの魔物の死体が置かれていた。

 こんなものが置かれていたらいつもならとっくにゴブリンが寄ってきている頃だが、どこにもゴブリンの姿はない。

 時々目の端に白い影が見えるような気がするが、私は何も見ていないことにしてイノシシをありがたくいただくことにした。

 案外義理堅い兎だったな。

 でも戦闘力が高いことは知っているのでその日は室内で縫物や読書をして過ごした。



 また次の日、今度は立派な角を持つ鹿の魔物の死体が庭先に転がっていた。

 別にもう恩返しは昨日のでいいのにな。

 まあそろそろ気も済んだことだろう。

 私は目の端に映る白い影に向かってありがとうとお礼を言って、魔王城に帰った。

 義理堅いことはわかったが無条件で安全な魔物だと思うことはさすがにできない。

 兎が私のことを忘れて関わってこなくなるまでは結界内からは出ないほうがいいだろう。



 そのまた次の日、二足歩行の豚の魔物、オークの死体が庭先に転がっていた。

 湖の向こう側にはゴブリンよりもオークのほうが多いということは知っている。

 しかしオークはちょっと女性にとっては危険な魔物なので私はあまり近づいたことはない。

 オークは魔物のいないひろしの世界でもなぜだか有名な魔物だ。

 女騎士やエルフをそのぶっとい一物で貫いて凌辱するシーンがひろしの世界では書物として楽しまれている。

 まあ実際の生態も大体そのとおりだ。

 だがオークはゴブリンと違い、肉が美味しい。

 オークは人間を性的に食べるし、人間はオークを物理的に食べる。

 食うか食われるかの関係だ。

 美味しいと評判のオークの肉が食べてみたいと思ったことはあるが、オークはゴブリンよりも数段強い魔物なので万が一を考えたら手を出すことは難しかった。

 それをこんなに容易く屠ってゴミのように転がすとはさすがだ。

 でももう恩返しはいいんだけどな。

 そろそろ私も外に出て空の散歩をしたりゴブリン狩り、魚狩りなどをしたい。

 激つよ兎にうろつかれたら怖くて外に出られないじゃないか。

 周囲を見回すと、魔王城の近くに生えている木の幹に隠れてこちらをチラチラと見ている兎の姿があった。

 なにそれ可愛いんだけど。

 だが私はもふもふに屈するわけにはいかないんだ。

 なんかひろしの読んでいたラノベの主人公に負けた気分になるから。

 ん?って顔して凄いことして〇〇様凄すぎます、規格外ですとか外野によいしょされて、虐げられていた獣人を助けてお礼にモフモフさせてくれとか言って、それでいいんですか?優しすぎますとか無欲ですねとか言われて、俺としては強欲なつもりなんだけどね、とか言い返して。

 とにかく腹立つんだよねあいつら。

 だから私はもふもふには屈しない。

 お世話できる自信のないペットは飼わないのはひろしの世界の常識だ。

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