第12話 応援してるよ、類!

 ……そして事務所から出た俺は、帰り道にあった家電量販店でマイクを買い。家に着いた後はVTuberについての知識や配信の基本などを学んでいったんだ。


 続けて、配信の練習もした……独り言をあまり言わない俺からすれば、一人でマイクに向かって喋り続けるという行為が、とても難しいことにやっと気がついたんだ。マジで配信者ってすげぇ人ばかりなんだな……。


 それで、いきなり初配信で上手く喋れると思えなかった俺は、初配信で使う自己紹介用のスライドはもちろん、台本もびっしりと書き上げたんだ。もちろんそれを書くにはとても苦労した。今まで真剣に文章を書いてこなかった自分を呪ったよ。


 ……で、次の日。俺は夕凪リリィや付いてくれたマネージャーさんとも通話して、初配信どんなことをやるかを相談していった。そこで出た案として、質問をつぶやいたーで募集することが出たので、俺はその『ルイ』のアカウントで挨拶と質問の募集を行ったんだ。


 そしたらものの数分で、数千のフォロワーと数百もの質問コメントが付いたんだ。こんな異常なペースで数字が増えていく現象に、俺はめちゃくちゃ怖くなったんだけど……何とか丸一日かけて、質問をピックアップするのには成功したんだ。


 後は……そう、初配信の日にバイトが入っていたため、俺は先輩に頭を下げてシフトを変わってもらったんだ。今まで俺はそういったことはしてこなかったので、すんなり受け入れてくれたけど……今後こういうことが増えるとなると、結構ヤバイかもな。バイトを減らすことも、視野に入れる必要があるかもしれない……。


 ────で。そんなこんなで迎えた初配信日。


「……震え止まんないんだけど」


 パソコンの前、俺はめちゃくちゃ緊張していたんだ。現在の時刻は午後7時過ぎ……丁度俺の前の夕凪リリィが、初配信を行っている時間である。


 俺は少しだけリリィの配信を覗いてみたが……視聴者を5万人も集めている中、アカペラで熱唱しているのを見て、ページを閉じてしまったんだ。別にリリィを敵視している訳ではない……それはマジで本当だけど。ただ自信満々にやりたいことをやっている彼女に圧倒されてしまったんだ。


「…………はぁ」


 でも何もしていないと、緊張で吐きそうだし……待っている間、何をしようか……もう一度台本でも読み込んでおこうか。うん、そうしよう。そう思った俺は、机に置いていたクシャクシャの台本を手に取った──瞬間。


「……ん」


 スマホからメッセージの届いた音がしたんだ。それを取って見ると……そこには。


『初配信頑張ってね! 応援してるよ!』


 ……と、彩花からスタンプ付きで文が送られていたんだ。反射的に俺は……彩花に電話を掛けていた。そしたらすぐに彼女は応答してくれて。


『ん、もしもし、類? 何か分からないことでもあったの?』


「いや、そういう訳じゃなくて……」


『だったらどうして? ……あ、もしかして私の声でも聞きたくなっちゃった?』


「…………」


『……や、あの、えっと……そんな黙られると怖いんだけど。いつもみたいにツッコミ入れてよ』


 彩花は困惑していた。実際その通りだったので、俺は否定が出来なかったんだ。


「……ごめん。緊張してるんだ。でもまだ俺にはVTuberの友達もいないし、同期は配信中だ。マネージャーだって、まだ一回しか話したことないから……」


『だから私に?』


「……ああ」


 そしたら彩花は『んふふっ!』っと心底嬉しそうに笑って。


『そっかそっか! 遂に類も私を頼るようになったんだね! ……って、今はこんなこと言ってる場合じゃないか。本気で困ってそうだもんね?』


「ああ、すごい困ってる」


 俺は縋るように言う。それが面白かったのか、彩花はまた笑って。


『ふふっ。じゃあー先輩としてアドバイスするけど……まず堂々としてることだね! 緊張してもいいけど、それを悟られちゃダメだよ! だって今から一時間後の類は、魔道士ルイ・アスティカなんだから!』


「そっか……役になりきらなきゃいけないんだな」


『なりきるんじゃなくて、なるんだよっ!』


 彩花はそうやって言うが……前のコラボの時、結構彩花そのもの出てなかった? 


「まぁ……それは分かったよ。他は?」


『そうだねー。やっぱり初配信って期待してみんな来るから、何か見せれるものがあったらいいかもね。声真似とか類、得意でしょ?』


「そんな世界に公開出来るほど、上手い声真似とか持ってないよ……というかそんなことしたら、もうルイのキャラが崩壊するだろ?」


『ああー。確かルイって、学園最強の魔道士って設定なんだっけ…………うわぁ。女性人気出そうだなぁこれは……』


「何で嫌そうなんだよ」


 そう聞くと、彩花は大きな声で否定して。


『べっ、別に嫌じゃないけど!? ……でもまぁ。こういうクールなキャラがデレたり、可愛いところにみんな心奪われると思うから。徐々にそういった部分も見せていったらいいと思うよ?』


「なんかガチなアドバイスだな……」


 ここまで彩花が考えているのに少し驚いた。彩花って意外にも策士なのかもしれないな……?


『……あ、そろそろ夕凪リリィちゃんの配信が終わりそうだよ!』


 彩花は裏でリリィの配信を流していたらしい。リリィの配信が終わるってことは……これ以上、電話は続けられないってことだ。


「……ああ。ありがとな、彩花」


『ううん、いいんだよ! 私も久々に頼ってくれて嬉しかったから!』


「そっか。じゃあな」


『うん、応援してるよ! 類!』


 その彩花の言葉は、両方の『類』に呼びかけているような気がしたんだ。


 ……そして、何とか心を落ち着かせられた俺は通話を切って、モデルやBGMなど配信の準備をした。それからしばらく台本を読み込んで、待機をして……配信開始時刻になった瞬間に、マイクの電源を入れて。ルイらしい声で、俺はこう発したのだった。






「……ふーっ。初めましての方は初めまして。スカイサンライバー所属、魔道士のルイ・アスティカだ。どうぞよろしく」

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