第14話 ホーム・シック

 セイナンの一言がなければすぐに解決だったのだが、あえて『問題』と言ったのは、この二人の意見の食い違いが、意外と長引いたからだ。


「あのね、年頃の男女が一緒に眠ったら、その……間違いが起こるかもしれないでしょ」

「間違いって?」


 セイナンは本気で知らないわけではない。とぼけているのだ。

 ぼかした言い方をしたプリムムに、それを言わせようとしている。からかっているだけだと思ったが、どうやら言わせようとして、きっと言わないプリムムの言い分を有耶無耶にして、三人一緒の部屋にしたいらしい。


「間違いは、その、あれよ! 男女の、男女がする……やつ、よ」

「分からないよー」


「もうっ、とーにーかーくっ! 

 ロクが理性を失って襲ってくるかもしれないから、絶対にダメなの!」


「いや、しないけど」


「うっさい! いいからあんたは別の部屋なの!」


 なにを言っても、きっとプリムムはうるさいと一喝し、部屋を別々にするだろう。

 セイナンの希望は通らないと思った方がいい。……これ以上の話し合いは不毛なだけだ。

 おとなしく移動しようしたら、セイナンが、じゃあいいよ、とプリムムを通り過ぎて、おれの後をついてきた。


「ロクが恐いなら、プリムムは一人で眠ればいいと思うよ。あたしはロクと寝るから」


 おれの腕に自分の腕を絡めて――、

 いくつもりだった別室へ、セイナンが先導するように歩く。


「え……、ちょっと! 問題はそういうことじゃなくて――」


「どうしてそんなに嫌なの? ロクのことが信用できないの? 

 みんな疲れてるし、ただ寝るだけなんだから、なにも起こらないって」


「で、でも、いざ横に並ぶと、見えないところで手を伸ばしたり……さ」


 想像したのか、プリムムは、かぁっと顔を赤くして顔を俯かせた。


 大人びたように見えて、そういう方面には耐性がないのかもしれない。

 意外だった。

 プリムムなら知識も豊富だし、平気そうなものだと思っていたから、尚更だ。


「ロク、そういうこと、するの?」

「しないよ」


「ほらー! しないって言ってるんだから大丈夫だって」


「口だけかもしれないじゃないの。じゃあ、手を縛って! それならなんとか……」


 おれは構わないが、しかしセイナンが嫌そうな顔をする。


「……もういいよ。——ロク、いこう。

 仲間を信用できない人と一緒に眠るなんて、こっちから願い下げだもん」


 うっ、と言葉に詰まったプリムムが、去るセイナンを引き止めようとして、声を出せていなかった。止められなかったので、そのままセイナンはおれの手を引き、進んでしまう。


 立場が逆転し、今はまるで、セイナンが大人っぽく、プリムムが子供のようだった。


 一日くらいの溝など、簡単に塞がると思えば、意外と長引くこともある。今回、そんな予感がしたのだ。だから、できればセイナンとプリムムをここで別々にしたくはなかった。


 引っ張るセイナンの力に逆らい、後ろで追いかけるか引き返すか迷っているプリムムに、


「そういえば気になってたんだけど……——まるで、襲われるなら自分であるような言い方の根拠って、どこからきたの?」


 最初は自分とセイナンを危惧しての発言だった。

 だが、やがて自分を中心に抗議をしていたのだ。手を縛ればなんとか一緒に寝ても大丈夫、と言ったあたり、その状態なら襲われることはないだろう、という安心の材料にしていたので、完全に被害者が自分であることを前提で考えている。


 セイナンと自分なら自分を取るだろう、という恥ずかしいプリムムの思考が見える。


 内心でセイナンには勝っている、と思っていることも、今のでばれてしまった。


「違うわよ、そんなことは思ってない!」

「セイナンの方が可愛いって思ってる?」


「そんなの、当然でしょ! わたしなんかより、セイナンの方が喋ってて楽しいし、誰からも頼りにされて、わたしなんかとは大違いよ……」


「なら、セイナンが横にいる中でプリムムを襲ったりしないでしょ。心配なら隣でセイナンを守ればいいよ。繰り返すことになるけど、おれは襲ったりなんかしない、絶対に。

 というか、さっきから倒れるくらいに眠いから早くしてくれないかな……」


 疲れているので眠いというのは、全員共通の気持ちだった。こんな状態で間違いが起こるはずもないが、絶対に起きないと断言できないのも、気持ちは分かる。

 あれだけ繰り返していたが、いざ隣で横になれば、おれもどうなるかは分からない。

 男なのだから仕方ないと思う。


 だが、九割ほど……ないな、と思う。二人に言って追及されても困るので言わなかったが、おれの中では確信とも言える理由があるのだ。


 単純に、どんなに綺麗な子でも――好きな子がいるのに手を出すわけがないのだから。


「分かったわよ……一緒に眠っても、いいわよ」


 と、長かった討論も終わり、プリムムが遂に折れた。

 やっと、眠るための準備に取り掛かれる。


 布団は人数分以上あったので、テキトーに持ってきて川の字に並べる。

 セイナンを真ん中にして、端におれとプリムムだ。

 やっと眠れる……しかし、眠る前、プリムムがセイナンに、


「なんでそんなに三人で一緒に眠りたかったの? 

 眠ったら、たとえば別々の部屋でもあんまり変わらないと思うんだけど……」


「あたし、人肌がないと眠りが浅くなっちゃって。プリムムの腕を、こうして――うん、抱いているだけで深く眠れるからさ、一人じゃ嫌だったんだよ」


「……これ、ロクにしようとしてたの?」


 うんっ、と、セイナンは元気良く……。


「……二人きりにしないで良かったわ……」


 布団の下でなにが起こっているのかは分からないが、羨ましそうなのは分かった。


 そして、睡魔があっという間におれの意識を奪い――意味深な夢を見せる。


 見渡す限り、大小様々な歯車のみが高速回転している空間。

 だが、一つずつの歯車がただ回っているだけで意味がない。しかし、遠くの方で衝突音が聞こえ、それをきっかけにして、連鎖するように音が響き、重なり合う。

 やがておれの目の前、特に大きな歯車に連結した。大きな力が生み出されたように、工場のような作業音が規則的に続くようになる。


 途中で目が覚め、次に眠るまで、覚えていたのはそこまでだった。


 次の日の朝、目が覚めた時には、そんな夢を見たことすらも、おれは覚えていなかった。



 翌日は曇り空だった。

 雨が降りそうだが、なかなか降らない、もどかしい天気。

 いっそのこと、降ってくれれば室内に戻ることができるのだが、降らないとなると引きこもっているのも勿体ないので外に出よう、と言い出すセイナンが目の前にいる。


 倉庫の中にあった釣り竿を見つけたので、三人で釣りをしていた……当初は。だが、なかなか釣れないので、プリムムが飽き始め、やがて部屋に戻ってしまった。

 船内を探索している内に船員部屋の個人の荷物の中に本があったらしく、プリムムの興味はそっちに移ったらしい。

 今は釣りをしているおれとセイナン、本を読んでいるプリムムと分かれている。


 張らない糸から目をはずして、景色を眺める。船の側面から見て、島の一つもない。

 進行方向を見ても、先にもなにもない。

 そもそもこっちの方向で合っているのかも怪しいものだ。


「舵が動かないから仕方ないんだけどな……」

「――ロク、これなんだと思う?」


 セイナンは、釣り上げた赤い色をした八本足の亜獣を手に取った。それはタコだな。焼くと美味しいはずだ。

 タコは足を動かし、セイナンの体に引っ付いた。ぬるぬるしているので気持ち悪がると思いきや、セイナンは平気らしく、右肩に乗せたまま再び釣りを続行させた。


「虫とかもそうだけど、小さい子に見せられたりして慣れてるんだよ。

 だからこういう触手っぽいのも苦手じゃないよ」


「へえ……、弟がいたの?」


「弟みたいな子なら、たくさん。大家族みたいなものだし」


『みたいなものだし』。

 そこを突っ込むのは野暮な気がしたので、いいなそれ、と答えた。


「じゃあ、この長旅はその子たちにとってはショックだっただろうね。

 できれば早く、スクープを見つけて街に戻らないと」


「そうだね。でも心配はしてないんだ。あたしの代わりの子は、一つ下の子もいるし。子供って数日間、会わなかっただけで、もう大切なものを作っちゃうからね。

 いざ戻ってみたら、お姉ちゃん、だれ? とか言われそうで……。

 その分、すぐ仲良くなれちゃうんだけど」


 子供はそう簡単ではないと思うが……。

 きっと、セイナンだからなのだろう。


 言葉や態度、見た目からでは分からない人柄が人を引き寄せる。

 今、こうして垂らした釣り針に魚がかからないように、おれとは違う、食いついてもいいと思える雰囲気が、釣り針から出ているのかもしれない。


「あ……、また取られてる」


 気になったので釣り針を戻して確認してみたら、どうやら、まったく食いついてくれないわけでもないらしい。

 食いついた時におれが気づけないだけだった。何度、餌を取られたことか。食糧からつまんでつけた餌も無限ではないので、そろそろ魚の一匹、釣りたいものだった。


「セイナン、コツとかあるの?」

「釣りにコツなんかあるの?」


 そう返されてしまえば、なにも言えない。

 ……だね、と相槌を打って、釣り針を投げ入れる。


 ――すると、後ろから悲鳴が聞こえた。


「今のっ、プリムム!?」

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