決(きめる)_終
朝。豪奢なカーテンの隙間から暖かい日差しが射し込み、小鳥の囀りが聞こえる中、俺は目を覚ました。微睡んだ意識が小鳥の囀る声と分厚いカーテンの隙間から漏れる朝日を認識する。あれから殆ど寝る事が出来なかった。
頭が重い。寝覚めは最悪で、来賓用の豪華なベッドの中で何度も寝返りを打つが、寝る前にあった柔らかい感触が無い。何時の間にかアメジストがいない事に気づいた。まぁ流石に仕事に行ったのだろう。ならばもう少し……と、その辺りで何か人の気配に気づいた。
『いーつまで寝てんだよ。起きろぉ。』
この声はシトリンだ。
『おはよう。』
ルチルもいるみたいだ。
『おはようございます。ご気分は如何ですか?』
その声に身体がビクッと震えた、ローズまでいる。
『フゴゴゴフゴゴフゴ。』
(おはようございます。)
何だ今のくぐもった声?と考えるが何となく予想はつく。とにかく、4人揃っているならば寝ている訳にはいかず、重い身体を無理やりにでも引き起こせば視界に入ったのは予想通り4姉妹。ただ……アメジストだけは椅子に縛り付けられ猿轡を嵌められているが。君、この都市で一番偉いんじゃなかった?相当強いんじゃなかったっけ?何というか、起き抜けからいきなり凄い光景を見せてくれるなこの人は。
『話は母上から聞いた。お前の世界の事も置かれた状況も粗方、な。』
シトリンは伏し目がちに言った。そうか、あの人は話したのか。
『勝手知らない異世界よりも元の世界に戻りたいって気持ちは分からなくはない。で、どうする?』
『とは言え、母上の話ではアナタの住む地球という星は相当に荒廃しているという話ですけど。』
ルチルとローズの言葉に俺は何も言えなかった。
『フゴゴフゴゴゴフゴフゴフゴゴフゴゴゴフゴゴフゴゴフゴゴゴゴゴフゴゴゴフゴゴゴフゴフゴフゴゴ。』
(滅亡の元凶は既に居ない様ですけど、人が住めるかどうかは限りなく怪しいそうですよ。)
君はまず猿轡を外してもらってから喋ろうよ……どうせまた勝手に部屋に入った事を咎められたんだろうな。と、まぁコレは置いておいて、今は彼女達の質問に答える必要がある。彼女達は神が探し出した俺の運命の相手……らしい。
ソレがどれ程の強制力や拘束力を発揮するかは未知数だけど、でも恐らく……いや確実にアメジストは俺と行動を共にする筈だ。残るならばそれで良し、もし戻ると言えばきっと彼女は俺についてくる確信がある。そう考えれば番という運命にある他の姉妹も同じ選択を選ぶ可能性も無い訳ではない。自分だけならば気楽に決められただろうが、選択肢次第では彼女達を巻き込む可能性だってあり得る。なら、俺は……
※※※
――翌日。
朝。まだ鳥の囀りも聞こえず、朝日も射し込まない夜明け前。戻るか?残るか?残ったとして誰を選ぶか?そうやって色々と考える内に何時の間にか寝落ちしていたようで、だから寝起きは最悪に近かった。
頭を冷やそう。なんとなくそう思った俺はベッドからフラフラと起き上がると来賓室の扉から廊下へと足を進めた。視線の横にはガシャッ、ガシャッと金属同士がぶつかる音を出しながら鎧騎士が歩く姿。規則正しく、且つ一定の場所を巡回する鎧騎士は俺の姿を見ても何ら行動を変えることは無く、ただただ与えられた命令を愚直にこなす。
そうやって城内を警備する鎧騎士を何体も見送れば、その内に城外へと続く大きな扉の前に辿り着いた。そこにもまた鎧騎士が控えているが、定期的に巡回する他とは違い、ココに立つ鎧騎士は魔力で開閉する扉を操作する役割を持っているそうだ。"外に出たい"、そう告げると鎧騎士は内部に蓄積された大量の魔力の一部を扉に流し込み、暫くもすれば鈍重な響きと共に扉が内外を繋いだ。
初めて見た夜の城外は、やはり地球とはまるで違っていた。地球では一定間隔ごとに闇を照らす街灯はこの世界には当然ないが、その代わりに石畳の道路が仄かに輝くことで道を照らす。コレもまた魔力の賜物で、石畳の継ぎ目を埋める目地材の中に魔力と反応して光を発生させる材質を混ぜ込んでいるからだそうで、その材質が地中の奥深くから漏れ出る魔力に反応して光っているらしい。
闇の中、仄かに浮かび上がる光の道を俺は再び当て所なく歩き続けた。視界に映るのは昼間では絶対に見る事が出来ない光景。剪定された庭園の木々や手入れが行き届いた花々、周囲の飾りや彫刻に込められた魔力により千変万化する噴水、何方かと言えば宮殿と呼んだ方がしっくりくる城の外観、膨大な魔力を少しずつ幹や葉から放出して仄かに光る超巨大な樹木……視線を上げると見える景色は日の光の下で見る時とはまるで違う、奇妙な怪しさを感じた。
だがその一番上、上空に広がる星空は地球と変わらない。黒い闇の中に浮かぶ無数の白い点、地球にいた頃は見上げる余裕なんて全くなかった満天の星空を見れば、ほんの僅かだけ童心に帰った様な気持ちになった。
直後……背中から何かがドンとぶつかってきた。衝撃に身体と視界が僅かに揺らぎ、幻想的な光景と僅かに戻った童心をかき乱す。が、それ以上に乱したのは背後に感じる柔らかな感触。それがギュッと押し付けられた柔らかな胸と分かるのにそう時間はかからず、また同時に背後から伸びた手が俺を温かい膨らみに抱き寄せる。
誰か考えるまでも無い、アメジストだ。彼女は無言のままずっと俺を抱きしめ続けた。無風で音らしい音が何もない城外の庭園に彼女の息遣いだけが響いていたが、ソレが少しずつ荒くなり始めた……まるで泣いているみたいだ。もしかして、彼女は俺が1人黙って帰るつもりだと、そう勘違いしているんじゃないだろうか。確かに昨日4人から詰め寄られた時にははっきりとした答えを出せなかった。
「答えはまだ決めていない。残った方が利口だと思っているけど、正直なところ戻りたいという気持ちもある。何もかもが破壊されて、誰もいなくなっても地球は俺の故郷だから。だけど……仮に戻るにしても直ぐに戻るつもりは無い。この世界に来てからまだ日は浅いけど、でも君達を含めて色々良くしてもらったから、だから帰るにしても恩を返してからだと思っている。」
あの時は、確かにそう答えた。俺はまだ自分がどうしたいのか自分で選べなかった。が、少なくとも黙って帰るつもりは無い。だから後ろで泣いているであろうアメジストにそう伝えようとしたのだが……
『私……あの、私……あなたが望むなら別に外でも一向に……』
背後から聞こえたのは妙に興奮した声。やっぱ駄目だなコイツ。心配して損したし、寧ろ平常運転で安心したよ。と、半ば呆れつつも抱き寄せる手を優しく振りほどいた。
『まーたテメェは、だから迷惑掛けんなっつってんだろうが!!』
直後、今度はシトリンの声が聞こえた。正論です。彼女を手を退け後ろを振り向いた俺の視界に映ったのは予想通りアメジストの姿。ネグリジェ姿じゃないだけまだマシだが、その顔はだらしない位に緩み切っていた。あぁ、何時もの顔だ。で、その後ろには憤怒の表情をしたシトリン。彼女はこの状況の何処にそんな要素があったのかという位に興奮するアメジストの顔をアイアンクローの様に引っ掴むとそのまま闇の中へと引き摺って行った。
『ちょっと待って、駄目よ。せめて子供が……』
相変わらず何をどう飛躍した末にソコに着地したのか。そんな突飛な結論を言い終わる前にアメジストは闇の中へと消えていった。後に残ったのは呆然とする俺と徐々に白み始めた夜空、そして背中に残る暖かな感触。部屋に戻ろう……頭を冷やす為に外に出た筈が、頭は冷えども結局答えは出せず仕舞いだった。
『帰るならー、次元の壁超えて会いにいきますからねー!!』
戻るべきか、残るべきか。頭の中には未だに出せない答えが渦巻く中、闇の向こうから元気且つ非常識な叫びが聞こえてきて……
『そんな簡単に出来るかよッ。後、次元の壁超えるより先に常識身に着けろッつてんだろうが!!』
更にその直ぐ後、別の叫びが彼女の声をかき消した。ココに残るにせよ帰るにせよ、俺……彼女から逃げられないみたいだ。なら帰る意味の半分くらいが無くなったような気がしてきた。コレはアレか、
(彼女を選ぶも良し、選ばないも良し。全ては君の決断次第だぞ、ナギ君。)
(そうやでー。あの子はちょっと思い込みが激しいところがあるけど、でも一途で素直なエエ子なんや。)
(うむ。懸命に探した甲斐もあったというものだ。君が戻りたいと言う理由は理解できるが、慣れればコチラも中々住み良いと思うぞ。)
一気に疲れが押し寄せたところで今度は別の声が聞こえた。脳に直接語り掛けてきたのは地球の神と神樹のオバチャン。が、頼むから助言してくれ。あと関係ない雑談を人の頭の中で始めないでくれ。俺は脳内で娘自慢とソレに同調する神の雑談に愚痴りながらも来た道を引き返した。
静かな道を無心に歩けば嫌でも色々考えてしまう。特に戻りたいという気持ちは止めどなく沸々と湧き上がる。色々理由はある。食べ物の嗜好とか、後は環境の変化も少なからずある。何れも慣れてしまえばどうという事はないレベルだけど。ソレに……冷静に考えるとここに残り続ける限り、頭の中から一方的に話しかけられる生活が続くんじゃないだろうか?
(大丈夫だぞ。我々は君の状況を見つつ一方的に話しかけているだけだ。君のプライバシーは完璧だ。)
そうですか。とは言えどうするか。今の騒がしい生活を満喫するか、誰もいないのを承知で地球へ戻るか。俺の答えは……やっぱり一旦保留にしておこう。それから当面の目的が決まった。勝手に入れない、誰も覗けない位に厳重なセキュリティの家。これ以上、今の生活を送るのは無理だ。ココで生きていくならば最低限のプライバシー確保は必須、というか無いと心が落ち着かない。明確な目的が出来れば部屋へと帰る足取りが少しだけ軽くなった気がした。
先の事は不透明だし、これからどんな風に考えが変わるかも分からないけど……俺はココで生きていこう。
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