13. 堕ちていく下剤
ベネデッタに活躍させては拍手する。そんなことを繰り返しながら三階へと降りていく。
戦闘は基本、班長が前衛をやり、ベネデッタが後衛をやっている。ベンは後ろから襲われないようにするただの護衛だった。
とはいえ、こんな低層階で後ろから襲ってくる魔物などいないわけで、ベンは楽しそうなベネデッタを眺め、子守をするおじさんの気持ちで見守っていた。
◇
そろそろお昼なので、あくびを噛み殺しながら撤退の声を待っていると、ベネデッタが小部屋のドアを開けた。すると、奥には宝箱がいかにもという感じで置いてある。
「あっ! 宝箱発見なのだ!」
小走りに宝箱に駆けだすベネデッタ。
「あっ! 走っちゃダメです!」
班長が急いで後を追い、ベンも仕方なくついていく。
直後、カチッ! という音が小部屋に響き、床がパカッと開いた。落とし穴だったのだ。
「キャ――――!」「うわぁ!」「ひぃ!」
真っ逆さまに穴に落ちていく一行。
班長はポケットから魔法スクロールを出すと一気に破った。
すると黄色い光がぶわぁっと三人を包んでいく。そして、落ちる速度が徐々にゆっくりとなっていった。
「ゴ、ゴメンなのだ……」
しおれるベネデッタ。
「ダンジョンは絶対走らないでくださいね!」
班長は目を三角にして厳しく言った。班長がベネデッタに怒るなんてよほどのことである。
「これ、どこまで行くんですかね?」
ベンは班長に聞く。
班長は下の方をじーっと見つめ、渋い顔で、
「こんな長い落とし穴は初めてです。三、四十階……、もっと行くかもしれません」
「えっ! そんな?」
ベネデッタは青い顔をする。中堅冒険者パーティの限界が四十階と言われている。そこから先では一般には生還が絶望的だった。
ベンは大きく息をつくとリュックを下ろし、下剤を取り出そうとする。
その時だった。
「ベン君! 助けて!」
そう言ってベネデッタがいきなりベンに抱き着いてきた。
「うわぁ!」
その拍子にリュックは真っ逆さまに落ちていく。この場を切り抜ける唯一の希望、下剤は手を離れ、漆黒の闇の中に消えていった。
あぁぁぁぁ……。
ベネデッタは申し訳なさそうにベンを見るが、ベンには余裕がない。
頭を抱えて必死に考える。
何かないか? 便意を呼べるもの!
しかし、そんな都合のいいものある訳がない。班長達にも持ち物を聞いたが、下剤など持ってるはずがない。
絶体絶命である。ダンジョンの深層で戦力は実質班長だけ。とても生還できない。
くあぁぁぁ……。
万事休す。落ちた荷物を見つけられるかどうか、一行の命運はその一点にかかっていた。
◇
やがて一行はフロアに降り立つ。
そこは草原だった。
澄み通る青空には白い雲が浮かび、草原にはさわやかな風が走り、小川は陽の光を浴びてキラキラと光っていた。奥にはうっそうとした森が広がり、ダンジョンでなければ気持ちいい高原の風景である。
「こ、これは……」
ベンは絶句する。地中の洞窟の奥底にこんな草原が広がっているなんて想像もしていなかったのだ。もちろん、そういうダンジョンもあるという話は聞いたこともあるが、実際に見たのは初めてである。
「これは六十階台だな」
班長が青い顔をして言う。
「六十!?」
ベネデッタは目を真ん丸くして驚いた。
上級冒険者でも危険と言われる領域に来てしまったことに、一行は押し黙る。
「ベン君! 大丈夫よね?」
ベネデッタはベンの手を取ってすがるように言うが、下剤のない今、ベンはただの小僧だった。
「荷物が見つからないと何とも……」
そう、渋い顔をして返すしかなかった。
しかし、草原の草は胸の高さ近くまで生い茂り、この中を荷物なんて探せそうになかった。
であるならば下剤の効果のある野草でもムシャムシャ食べればいいのではないか、とも思ったが、ススキみたいな薬効などなさそうな植物ばかりで、いくら食べても効果は期待できそうになかった。
危険なダンジョンの深層で生き残る手段はもはや便意しかない。しかし、その便意を呼ぶ方法が無い現実にベンは奥歯をギリッと鳴らした。
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