12. 接待ダンジョン
しばらくベンは騎士団顧問としての準備に追われた。宮殿の近くに部屋を借り、制服を作り、メンバーにあいさつし、任命式で正式に顧問となった。
もちろん、騎士団と言えば街の精鋭ぞろいである。皆筋骨隆々として、子供の頃から延々と振ってきた剣さばきも見事だ。それに対し、ベンは剣もまともに扱えないヒョロっとした小僧である。訳わからない呪文で勇者に勝ったからと言って、入団を許していいのかという不満は皆持っていた。特に、ベネデッタに気に入られているというのが許しがたい様子である。騎士団のアイドル的存在ベネデッタが、あんな小僧を目にかけているなど許しがたかったのだ。
社会人経験の長いベンもそのくらいは分かっている。分かってはいるが、ベンのスキルはおいそれと見せられるものでもない。そこは折を見て少しずつ理解して行ってもらうよりほかない。そもそも自分は商人になりたかったのだ。
帰りがけに警護班の班長に呼び止められる。
「顧問! これ、指令書。読んでおいて」
「え? 何?」
「いいから、読めばわかるから!」
不機嫌を隠そうともせず、仏頂面で封筒を突き出す。
「あ、ありがとう」
「あなたには何も期待してないので、ただ、後をついてきてくれるだけでいいです」
吐き捨てるようにそう言うと、班長はカツカツとブーツのヒールを鳴らしながら去っていった。
「ふぅ、初日から大変だぞこりゃ」
若いっていいなぁと思うところもあるが、前途多難な状況に思わずため息が漏れる。
指令書には、明朝に西の城門集合で、ベネデッタの親戚のベッティーナのダンジョン攻略の警護をせよと書いてあった。
はぁ!?
ベンは目が点になる。なぜ貴族様がダンジョンになど潜るのか?
しかし、何度読み直してもそうとしか読めなかった。ベンは大きく息をつく。
ただ、班長は何もするなって言ってたし、後をついていけばいいだけだろう。お貴族様の後をついていくだけの簡単なお仕事です!
ベンは深く考えることは止め、下剤やポーションなどダンジョンに潜るアイテムの買い出しに出かけた。
◇
翌朝、まだ朝霧も残る早朝の街をあくびしながらベンは西門へと歩く。朝露に濡れた石だたみにオレンジ色の朝日が反射し、街は美しく輝いている。
西門が見えてくると、女の子が手を振っている。あれがベッティーナ……、ということだろうか? 隣にはもう班長がいてビシッと立っている。
近づいてみると、ベネデッタが仮面舞踏会につけるような変なアイマスクして嬉しそうに手を振っている。
「あれ? ベネデッタさん、どうしたんですか? そんな仮面して」
ベンが聞くと、ベネデッタは途端に怒り出し、
「我はベネデッタではないのだ! ベッティーナ!」
と、言って口をとがらせて横を向いてしまった。
訳が分からず班長の方を見ると、人差し指を一本立てて口に当て『シーッ』というしぐさをしている。
どうやらベッティーナというのはベネデッタのお忍び用のコードネームらしい。貴族様はいろいろ自由が無くて大変そうだ。ベンは大きく息をつき、
「これはベッティーナ様、大変に失礼いたしました。本日はよろしくお願いいたします」
と、言いながらひざまずいた。
するとベネデッタはニヤッと笑い、
「分かればよいのだ! それではシュッパーツ!」
と、楽しそうにダンジョンへ向けて歩き出した。
◇
不機嫌な班長から道すがら聞いた情報を総合すると、ベネデッタは月に一回くらいこうやってお忍びで魔物狩りをするらしい。一応王家の血筋なのでそこそこの才能はあるものの経験には乏しく、駆け出し冒険者レベルということだった。
今日も三階辺りを一周して帰ってくる予定だそうだ。であるならば本当に出番などないのだ。ベンとしても下剤を飲むようなことだけは避けたかったので都合がいい。
ふぁ~あ。
麦畑をわたる風が、朝日にオレンジ色に輝くウェーブを作り、ベンはその平和な美しい景色を見ながら伸びをする。
こんな簡単なお仕事で高給もらえるなら実は天国かもしれない。ベンは運気が向いてきたとニコニコしながら気持ちよい風に吹かれた。
◇
「ベン君! 見ててよ!」
ベネデッタはそう言うと、エレガントに魔法の杖を掲げ、呪文を詠唱し始める。
背筋をピンと伸ばし、目をつぶりながらブツブツとつぶやくベネデッタは薄く金色の光をまとい、気品のある美しさをたたえていた。
そして、目をカッと見開くと、
「ホーリーレイ!」
と、叫んで杖を振り下ろした。
ダンジョン内に閃光が走り、聖なる黄金の光の奔流がダンジョンの奥へと打ち込まれていく。
グギャー! グアー!
ダンジョン内をうろうろしていた骸骨の魔物、スケルトンが次々と倒れ、消えていった。
パチパチパチ!
「ベッティーナ様、凄い! お見事です」
班長はまるで接待ゴルフのようにほめまくった。ベンはやや気後れしながら合わせて拍手をする。
「ふふん! 私だって少しはやるのだ!」
そう言ってベネデッタは得意げに胸を張った。
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