自称神様は皿洗いの職人になりたいそうです

 夕飯を食べ終え片付けも終え、風呂にも入りお互い準備万端。今宵始まるは異端審問。終わりの見えない裁判だ。


「早速だけど、アレは何?」

「アレって何のことでしょうか」


 無駄な抵抗ではあるが抵抗してみる。


「自分で考えてみたら?心当たりあるよね」


 見事なカウンターを食らい抵抗する気力が失せる。


「綾華さんに最近、僕の家の方から女の人の声が聞こえるけど新しい人でも引っ越してきたのって聞かれたんです」

「それで」

「引っ越して来て無いのに引っ越したなんで言ったらすぐにバレるじゃないですか。かと言って本当の事を言ってしまったらまずいじゃないですか。だから必死に否定してたんです」

「どうしてまずいと思ったの」

「...それは、急に知らない人と一緒に住んでるのは色々と問題なわけで、もしバレたら親戚内で会議が開かれちゃいますよ」


 段々と声が小さくなっていく。声に脈絡が全く無い。さっきまでは普通に話していたのにだ。


「じゃあ、どうしてあんなに汗、かいてたの」

「嘘がすぐ思いつかなくて焦ってたんです...」

「ほんとにそれだけ?」

「そうだよ...」


 顔を俯かせる。その瞬間、机が宙を舞う。


「嘘だ!」


 バン!と大きな音を鳴らしながら立ち上がる。その目は輝きを失っていたが、涙は流れている。その顔、すごく怖いんですけど。


「嘘なんか付いてないよ...」

「嘘だよ!」

「うっ...」


 息が詰まる。何としてでも言い返さなければ。


「嘘ついたり、悪いことした自覚があったりするとすぐ俯くよね」

...流石だ。母親公認のストーカーは全てを知っているらしい。

「先輩ちゃんが近づいて来た時からだよね?急に顔が赤くなったの。どうして赤くなったの?」

「それは...」

「先輩ちゃんとの顔の距離が近くなって緊張したからだよね?しょうがないよ勇くん女の子に告白されたどころか、告白すらしたことないんだもんね。女の子慣れしてないのはしょうがないことだよ。童○感丸出しだけど、そこも勇くんのいいとこだと思うよ。それに勇くんは...」

「もうそれ以上言わないで〜!」


 悲痛な叫び声が部屋中にこだまする。まだネタはあるらしい。


「これからについて話そ!これからについて!」

悪い流れを断ち切ってみる。

「これからっていったってすぐにバレちゃうと思うよ?」

「それもそうだけど...」


 彼女の目から光が戻り真剣な眼差しへと変わる。親戚にはバレてないが近所の人にはアルテミスの存在はバレてるだろう。親戚に伝わるのは時間の問題か。


「じゃあこうしよう!私と勇くんが結婚した事にするの!そうすれば解決、みんなハッピー!」

「日本は十八歳からじゃないと結婚できないから!」


 すぐ結婚しようとしたがるこの自称神様。


「最悪バレたとしてもアルテミスが自称神様である事がバレなきゃいいや」

「自称じゃないよ〜モノホンの神様なんだよ〜」


 言い方が胡散臭くなってるぞ、自称神様。


「じゃあこれは?私は突如現れた美少女完璧メイドで、勇くんのお母さんの代わりに勇くんのあらゆる事をお世話する係!」

「アンタ、完璧要素全くないだろ、どっちかっていうとポンコツ側だし。」

「うっ...」

「それにメイドじゃないだろ。家事全然出来ないし。」

「違うもん出来ないんじゃなくてやってないだけだもん」

「いややれよ、自称メイド」

「さっきから当たり強くない!?」


 キノセイダヨーきっと。


「いつもしてるじゃん、皿洗いとかお皿洗いとか食器洗いとか」

「全部同じ意味だ。自称神様からプロの皿洗い職人になるつもりなのか?」

「善処します...」


 果たしてプロになるには何年掛かるのか。


「...そうだ、ホームステイみたいな感じはどうだ?髪の毛とか目の色とかどっちかといえば海外よりじゃん」

「それはやだ!」


 急に声を荒げる。どうしてだろうか。


「なんで?結構いい案だと思ったんだけど」

「嫌なものは嫌なの!その案は無し!」

「じゃあ他にいい案があるのか?」

「それはっ...」


 アルテミスのわがままに耐えきれずこちらも声を荒げる。


「ないならいいだろ、お前のふざけた案よりよっぽど現実的だろ?周りの人だって理解してくれはずだ。それのどこが嫌なんだよ?」


 思った事をそのまま口に出す。


「いい案だけどさっ、別の案にっしようよっ?」


 そこで彼女が泣いている事に気づく。今までの涙とは違う気がする。こう、心の底からというか本心というか、とにかくそんな感じだ。


「...強く言い過ぎた。ごめん。」

「勇くんは悪くないよ。勇くんの言ってる事は正しい。悪いのは全部私。ふざけすぎちゃったね。ごめん。」


 空気が突然重くなる。


「今日はもう終わろう。これからは長いからゆっくり考えればいい。」

「そうだね。わがまま言っちゃってごめんね?」 


 そう言ってアルテミスは自分の部屋に戻る。その後ろ姿はいつもの彼女からは想像ができないオーラを出している。神様というより邪神だ。


「...やっぱり私は...子だね。...にずっと囚われて...やっぱり...しなきゃ...よかった。ほんと...私って...」


 小さな声で聞き取れなかったが落ち込んでいる事はわかる。たが、どう声を掛ければいいかわからない。


 アルテミスは僕の事をよく知っているが、僕はアルテミスの事を知らない。


「仲直りしなきゃな...」


 時計を見ると日付けを跨いでいる事に気づく。これは時間が解決してくれなさそうだ。






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