売り物の材木を運ぶ旅。ただそれだけの物語が、こんなにも面白い

本作で描かれる物語は、戦争で荒廃したシルヴァン王国まで復興の資材たる材木を輸送する、可憐な面差しをした妙齢の女商人リツと、その護衛たる元騎士タルワールの、わずか数日の旅です。
ところによっては、冒険者なり何なりが成り上がるまでに引き受けたささやかな依頼、物語のワンステップくらいのエピソードとして終わってしまいそうな筋立てですが、本作におけるこの輸送は、言わば「旅を始めるまでに積まれたもの」の、その結果。

地政学・先物取引・信用取引・金融エトセトラ。

作中世界における、現代のそれをモデルとした「経済」「政治」の有様が複雑に絡み合い、「いかにしてその状況が組み上がったか」「なぜ材木の売買が儲けに繋がるのか」「そこにいかなる利益と損失が発生し、陰謀が張り巡らされる理由となったのか」――といった分厚い下地が形作られたそのうえに、前述の「材木を運ぶ旅の物語」という短い日々の中での、キャラクター同士の交流、人間模様が描き出されています。

知識がなければ書けない物語です。
知識に裏打ちされていることと物語が面白くあることは必ずしもイコールではありませんが、本作の筋立ては、知識なくして成り立たない、仮にそれなしで成り立ったとしても上滑りする陳腐なものとなりかねない、そうした類のしろものです。
知識に裏打ちされることと物語が面白くあることはイコールではないと先に言いましたが、それでもやはり、知識の裏打ちによって成立する物語の面白さというものは確かにあるのです。
本作は、そうした物語のひとつであるでしょう。

そして、それらのうえに組み上がる、目の前の事象すべてを商機として見定めんとする冷徹な合理性と、自身にとっての最大利益を希求する貪欲さ。
それらを下敷きにしながら上澄みのように描かれる当たり前の人間らしい情や脆さ、商人としての顔とは裏腹の少女のようなもの慣れなさと、見ようによっては偽善めいてすら捉え得る不完全さの、なんと芳醇なことか。

もしほんのささやかでも琴線に触れるものが感ぜられたのであれば、是非に。

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