第38話 敗北の大魔王。突如の変身

 荒々しい息を吐きながら大魔王ヨーリンは俺を見た。


「さすがウランクをしとめただけありますわ。ワタクシを身動きできなくさせるなんて。これまで太古の時代から一人もいませんでしたのに」


「封印されてたからだろ。にしてもしぶといな」


「当たり前だ。アレは本物の魔王、大魔王だぞ」


 俺はヨーリンに対し一撃を入れた後も、初めて使う双剣を使い、連撃を放った。


 だがまだ言葉を発する余裕があるらしい。


 これまで、片方はアルカに任せていたから、多少動きに無駄があったせいかもしれない。


「ふふふ。警戒を解かないんですね」


「まだ何してくるかわからないからな」


 魔王とやらは首と胴を切り離しても死なない種族なのかもしれない。


 いまだに信じられない。


「信じられないと言った顔をしてますね。ですが、ワタクシにとって姿形は重要ではありません。どうでもいいものです。たとえどれだけ小さくなろうともワタクシはいずれ元の形に戻れるでしょう。ほんの少しでも力が残っていれば」


「それは死なないってことか?」


「どうでしょうね。ですが、ただ自分を封印していたら、こうしてすぐにあなたと戦えるわけがないと思いませんか?」


 つまり、こいつは死なないってことでいいのか。封印もただ神の干渉できない場所にいただけってことだろう。


 じゃあ、俺はどうやってこの魔王を倒せばいいんだ?


 いや、ヒントはあった。こいつはいずれって言った。


「なら、お前を潰し続ければそのいずれってのはやってこないってわけだな。お前が俺たちのペットになると約束なら潰さずに済ましてやるが、まだやるか?」


「まさか。ペットは勘弁願いたいです。けれどワタクシはもう戦うことはできません。形が元に戻るのと、力が元に戻るのは話が違いますから」


「どうやら本当らしいな。初めて現れた時より明らかに力が弱まっている。変な芸を見せ油断するからそうなるのだ」


「もうどうしようもなくなってから神は助言をくれるんですね」


「神なんてそんなもんだよ」


 俺は力なく笑うヨーリンに笑いかけた。


 こいつはもう力をなくし尽きない命でただ時間を過ごすだけだろう。


 力が戻らないというのなら、できる限り無力にしてしまえば、俺がいなくなっても問題は起こらないはずだ。


 少なくともヨーリンが原因では。


「力を奪えるだけ奪ってそれでも話したいってんなら話し相手くらいにはなってやるよ。それだけしても話したいってのは狂うぐらいそうしたいってことだしな。それに、部下の暴走って話も信じてやるよ。だから俺のペットになれ」


「優しいんですね。ほれてしまいそうです。いえ、ほれました。そこまで熱烈にアピールしてくれる人なんて初めてで、なんて言ったらいいか。そんなに大事にされるなんてワタクシ……」


 ヨーリンは顔だけで器用に頬を赤くしている。


 俺はポカンと口を開けてしまった。


「いや、条件聞いてたか? これからボロッボロにされるんだぞ? それにほれたって言うけどただの話し相手だぞ?」


「ワタクシこれまで人と話したことがなかったんです。今の話し方も間違っていないか心配で、できればそういう作法も教えていただきたいです」


「だから、力を奪ってからだぞ?」


「ええ、わかってます。わかってますわ。けど、そうですね。それだときっと、形が戻る頃にはあなたと話せない。だからワタクシ、決めました」


「何を」


「今の体でも何もできないわけじゃないんです」


 その言葉とともにヨーリンは頭と体が水のように変わってしまった。


「何っ! 逃げる気か」


「いいえ、ワタクシにとって姿形は重要ではないのです」


 ヨーリンは水になったまま俺に降りかかってきた


 咄嗟にかわそうかと考えるが間に合いそうもない。


 決死の覚悟ですぐに攻撃体勢を取り、両手の剣で水を切り裂いた。


 だが、手応えが全くない。


「やられた。俺は何をされた」


 変化はない。


「どういうことだ?」


 俺はハッとして振り返った。おそらく水は俺をすり抜け背後へ回った。


 しかし、そこにも水溜りすらなく、移動した痕跡すら残っていない。


「くそっ。どこへ行った? まだ変身する力がある状態で逃したとなったら大変なことになるぞ」


 姿が全く見えない。


 もしかしたら透明になることもできたのかもしれない。


 果ては俺の背後に回った移動法か。


「こんなところまで来て」


 俺は地面を殴りつけた。


 ヒビ割れを作ったところでヨーリンが出てくるわけもない。


 大魔王を取り逃がした。こんな失態許されるはずがない。


 しかし。


「フハハハハ! 余は満足だ! おっと、取り乱してしまいました」


 近くからヨーリンの声が聞こえてきた。


 だが、どれだけ近くを探しても姿は見えない。


「うふふふふ。ワタクシとても満足ですわ。意中の殿方と一つになることができたんですもの」


「どこにいる。わざわざ言い直して余裕ってか」


「ここですよ? ワタクシはあなたの影の中です」


「影?」


 俺は月に照らされてできた俺の影をのぞき込んだ。


 よく見ると見つめ返してくる赤い目がある。その目はおそらくヨーリンの目。


「なっ! なぜこんなところに!」


 俺は慌てて立ち上がると影を踏んだ。が影が消えることはない。


「そんなことしてもワタクシはあなたから離れませんわ」


 酔っているような声は聞こえてくるというのに、影は俺の動きに合わせて形を変えるだけでそれ以上の変化はない。


「これはどういう仕組みだ?」


「わからない。だが、大魔王が貴様の影になったということに間違いはないようだ」


「間違いはないようだって。それじゃ、こいつはずっと俺についてくるのか?」


「その通りですわ。影の姿になったのではなく、影になったのです。これから先一生一緒にいられるようにね。一緒に人生を楽しみましょう? あ・な・た」


 俺は背筋を虫に歩かれた気がして思わず身震いした。


「正気か?」


「もちろんです」


「影になったってことは、俺がいなくなったら」


「もちろんワタクシは消滅します。ですが、思い人のいない生に何の意味があります?」


 確かに。と思ってしまった。


 大切な人間が犠牲になって自分だけ生き残るなんてのは虚しいだけだ。それは俺も味わった気持ち。


 狂っているが、理由はわからないが、俺がこのヨーリンの大切な人になってしまったらしい。


「本当に姿形はどうでもいいんだな」


「当たり前です。ワタクシはワタクシですから。もちろん、あなたが元の姿に戻られてもワタクシはあなたを愛しています」


「はあ」


 神がいるだけでもうるさいというのに。


「ん? ちょっと待て、一生一緒って言ったか?」


「はい」


「影から出てくることはできないのか?」


「それはそうですよ。誰かの影になるなんて試したこともありませんし、残りの力、全てでやらせていただきましたわ」


「待て待て待て待て!」


 神は帰るからいいが、大魔王とずっと同居?


 本当に一生一緒?


「あんた人の体に何やってくれちゃってんの?」


 俺は思わず叫んでいた。


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