第6話 修練場での攻防

術式が刻まれていない純粋な殴打。練り固めた魔力のみを纏わせた拳。

 魔族の言葉を最後まで聞くこともなく、フィーラの右手は彼の顔面を打ち抜いた。

 浮遊魔術の反重力性を超える一撃により魔族の男は地面に叩きつけられる。


「痛てて……魔術が使えないから魔力操作だけの戦法に変えたんだ。まあそうするしかないよね」


 頬を片手で掻きながらすぐに立ち上がる。

 まるで効いていませんよ、と言いたげに。


「私の家族をどこにやった!!」

「俺は知らないって、エリヴェータ本人に聞いてくんない?アイツのことだし、まだ同じようなことやってるよ多分。今は連邦を北上してウェルテキアの方に行ってるんじゃない?」


 フィーラの必死の訴えを軽く受け流す魔族。


「ふざけるな……」フィーラは声を漏らす。魔族の男を屠るに至らなかった華奢な拳は、悔しさからかプルプルと震えている。


 今までのやり取りからして、フィーラと魔族たち――具体的にはエリヴェータという魔族――の間に確執があるのは明らかだ。話を聞くにフィーラは目の前で家族を弄られ、奪われた。恐らくそういう目に遭っている。詳しいことは分からない。だが俺はソレを聞き出そうとするほど野暮な人間ではない。幼少期に起こった悲劇というの得てしては人間の心に真っ黒な影を落とす。この件は間違いなく彼女にとっての地雷だ。

 たった1日の付き合いで決めつけていたのは良くないが、俺はフィーラに対し悩み1つ無い天真爛漫な少女だという印象を抱いていた。

 この軽率な考えのまま、ふとした話の流れで家族の話なんて切り出していたら…気まずい状況になっていたのは容易に想像がつく。

 記憶の片隅から拾った情報によれば、オキュラスの構成員は全員ではないにしろ過去に何かしらの遺恨を抱えている人間が多い。フィーラのような戦闘員では特にその傾向が顕著だ。生前の世界でいう、警察官や軍人を志す動機の1つに通ずるものがあると思う。


 彼女の拳から滴る鮮血を以て、過去への詮索をタブーとする業界の人間にお世話になっているということを俺は実感した。


「ふざけるなって言われてもなぁ……」頭を搔きながら魔族は言った。「結局あの時パパとママを守れなかったのは、お前が弱っちいからでしょ?」いやらしく口角を上げて。


「…黙れ!!!!」フィーラは固めた魔力を左手から2つ放出する。双方とも並みの鎧であれば消し炭になりそうなほど高密度なエネルギー弾だ。


 しかし魔族は片方を裏拳で右側に弾き返し、もう片方は首を軽く傾けることで回避する。


「芸がないね~まあ術式を練れない人間だったらそんなもんか」


 俺は加勢すべく誘導灯を握った腕を振り上げた。【巨岩重砲ロックブラスト】を発動するために<落石注意>+<一方通行>+<最低速度制限・150㎞/h>の3つの標識を具現化しようと誘導灯を振るうが、3度目の振り上げの時にソレは起こった。


「ッ!?」


 右手のひらに突然衝撃波のようなものが当たり、思わず誘導灯を離してしまったのだ。

 衝撃波は勿論、魔族の男から飛ばされたものだ。


 <落石注意>+<一方通行>の2つの標識しか具現化に至らなかった為、召喚された4つの大岩は自由落下の速度に則り魔族の方へ射出される。勿論コレだけでも強力なのは間違いないが、相手はかつて人類を滅亡させた化け物。これまた難なく回避される。


「…嬢ちゃんは芸はあるけど、発動条件が分かり易いから妨害が簡単。天賦に甘えた初心者まじゅちゅちさんにありがちな弱点だね」


 赤ちゃん言葉を交えながら挑発的に講釈を垂れられてカチンときたが、正直否定はできない。

 異世界人にとって『道路標識』と『誘導灯』がイレギュラーな存在だとは言え、魔族のような魔術戦のスペシャリストからすれば、具体的な効果は兎も角、発動メカニズム自体の看破は容易だろう。


「くそ!もう1度!」フィーラは再び左手から魔力を練り出そうとする。しかし――

「…あれッ……魔力が…」

「ハイ時間切れ」魔族の男は言った。「術式だけじゃなくて魔力も封じ込めたよん……じゃあお次は……」宙に浮いたソイツは再び姿を消し


「お嬢ちゃんの番ね」俺の真後ろから囁きかけてきた。

「ッ!アリアネちゃん後ろ!!」

「やべッ――」

「【ヒューパ】」詠唱と共に魔族の男は俺の顔に手をかざす。


 魔術に目覚めて僅か1日であるが、俺の全神経が最大レベルの危険信号を発した。

 この魔術はヤバいと。恐らくフィーラにかけたのもコレなのだと。

 アレコレ深く考えるよりも前に、俺は右腕に全魔力を込めて逆ラリアットをお見舞いしようとする。

 が、命中の直前にソイツの姿は煙のように掻き消えた。


「そんなに怯えなくても~殺しはしないって」


 俺とフィーラは声が聞こえた方を同時に見る。2人の視線が交錯したタイミングで魔族の男は語りだす。


「ちょいとばかし、記憶を弄って洗脳するだけ。君たちには生きた状態で伝言者メッセンジャーになってもらいたいんだよ」


 洗脳が「ちょいとばかし」だ?人間と価値観が違いすぎるだろ!

 まあソレよりも気になるのが……


「…メッセンジャー?」

「ああ、こっちの話」魔族の男は答える。「じゃあ早速、脳みそイジイジといきますか――」


 恐ろしいことを口走り、指をぽきぽきと鳴らしながら魔族の男が一歩踏み出した、そのタイミングで


 ヴゥーーーーーン!!!ヴゥーーーーーン!!!


 ブザーともサイレンともとれる、何か根源的に身体が拒否反応を起こしてしまうような甲高い警報音が一帯に鳴り響いた。

「なんだ?」と魔族の男は不思議そうに辺りを見回す。それに対しフィーラは

「庁舎に魔力の塊をぶつけて警報を鳴らしたわ。コレでオキュラスの精鋭がすぐに駆け付ける」

「…ああ」魔族の男は恐らく、先ほど自身が避けた2発目の魔力の塊の存在を思い出して「あの当てる気が無かったへなちょこボールはそゆことね…」と呟く。


「まあでも、小娘1人捻りつぶすのに10秒もいらないから……無駄なあがきかな」


 男の声からは軽薄さが薄れ、その代わりに凄味が増していた。

 上位種の有無を言わさぬ威圧感に気圧されそうになるが、俺は対抗して一言。


「1人じゃないさ」

「……そこの魔力すらも封じられた娘も合わせて戦力ってこと?笑わせないでく――」

「それもあるけど…更に追加でもう!」


 俺は邪魔されないように一瞬で誘導灯を振った。

 具現化したのは、<クマ出没注意>


 鳴り響く警報音にも負けずとも劣らない遠吠えと共に、俺の相棒、キャノアルクトスが召喚された。

 

 


 

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