第159話 波間

 島の西側、魔人がより多く住む街にやってきて三日が過ぎた。物資の積み込みはすでに済んでいるのだが、潮が悪い。天候が不順なのだ。これまで順調にここまでやってこれたので差し引いてもまだ余裕はある。

 この街と東側にある人間がより多く住んでいる街がこの島でもっとお大きな部類になる。この二つの街を中心にこの島は成り立っているといっていい。お互いの街を行き来する街道も整備されている。

 人間の街にも五万ほどの人口があったが、こちらの街も同等に人と魔人が暮らしている。これだけの規模の街を二つも持っている島は、もはや国と言って良い。

 これだけの規模を持ちながら、政治的には中立で、島の運営もほぼ自治だというから驚きだ。貴族社会に浸ってきたユリシスにとっては、どうやって動いているのか不思議でもあるし、貴族の存在の理由すら曖昧になってくる。国とは貴族がいて初めて成り立つものではなく、人がいてこその国なのだと、ユリシスは感じ始めている。


 ユリシスにとっては貴族が治める国が当たり前であり、規範の全てがユイエスト教に根ざしている。国家への意識は多少の揺れがあるが、ユイエスト教への信仰心は揺らがない。教祖であるユイエストが魔人であろうが、教義の生まれてきた経緯に疑問はあっても、博愛や慈悲を説く教えはユリシスにとっては尊い。


「海を眺めておいででしたか、姫様」


 東の海上は荒れており、白波が立っている。天候は良好なだけに、なぜ海だけが荒れているのかユリシスは不思議だった。知らない間にずっと眺めていた。


「今日一日は確実にこのような海だそうです。さっき船長に伺ってきましたから」


 出航できる準備は整っているが、海は荒れている。しかも、今日一日はこのままだ。船員たちは三々五々、街へと繰り出していってしまった。


「海は荒れていますが、せっかくの陽気です。街を歩いてみませんか?」


 いつまでも海を眺めていてもしようがない。ユリシスはランサに誘われるまま街に出るためにマントを羽織った。


 白を基調にした建物が目立つ街は清潔感にあふれていた。露店が立ち並び食料品を中心に売られている。路上で交易の商談をしている風景も目にした。


「どうやら魔人の大陸は資源が豊富なようです。その代わり文化程度は人間の大陸の方が高いようでうね」


 つまり、資源を魔人の大陸から人間の大陸へと運び、逆に加工品を人間の大陸から運ぶというのが交易の定番になっているようだ。


「もしかしたら人間の大陸では採れないような資源もあるのかもしれませんね。人間側からは技術も伝わっているでしょうね」


 それでも性質というものがあるのだろう、技術的な発展も人間の方が余程進んでいるようだ。

 露店には初めて見る果物や食材も多かった。


「ひとつ、買ってみようかしら」


 ユリシスはリンゴとも梨ともつかないような果物を一つ手に取ると露天商に代金を払う。他の皆がいる前では決して出来ないが、ここにいるのはランサとロボだけだ。マントで果物をふくと、そのまま丸かじりした。甘さはそうでもないものの、水分が多く含まれているのだろう、清涼感のある果物だった。

 ランサがユリシスの仕草を恨めしそうに見るが、ユリシスは気にしない。


「これからは野営もするし、戦場でも食べれる時に食べ、眠れる時に眠ったわ。そんなに目くじらを立てないでよ、ランサ」


 ランサはやれやれといった表情で、ポケットからハンカチを取り出すと、ユリシスの口を拭った。


「東の街でもそうだったけれども、ここでは政治や儀礼にとらわれずに人々が暮らしているのね。なんだかとても尊いような気がする。人は地に足を着けて生きている」


 簡単に言えば、自由という言葉になるのだろうが、そう言った気楽な言葉とも違うようだとユリシスは思う。そういう意味で言えば、ユリシスは常に縛られている。もちろん不快ではない。それが当然と思って暮らしてきただけなのだ。羨ましさとは少し感覚が違う。だが、住んでいる世界が全く違うとも思えない。隣り合ったちょっと違った世界だ。

 率直に言って、ユリシスの世界は狭い。聖女となり庶民と接し、戦場に出て兵士たちと触れ合った。それまでは籠の中の鳥、同然だったのだ。


「空も海も、そして大地も広い。この世界のどこかに魔王がいて、ハッシキの記憶が転がっている。私の世界はとても狭い。もっと広くなるのかしら」


 すれ違う人、すれ違う人、それぞれに世界があり、それが交錯する。それが繋がって世界はどんどんと広くなっていく。


「あちらの大陸はどうなっているのかしら? 行けば分かるとは思うけれども、少し楽しみではあるわね。ハッシキの記憶も気にはなるけれどもね」


 ユリシスはさっき食べた果物をもう一つ買おうかどうか、少し迷った。


【拙い文章ですが、最後までお読みいただきありがとうございます。聖女系の小説嫌いじゃない、先がちょっとだけでも気になっちゃったという方、ゆっくりペースでも気にならないという読者の皆様、★評価とフォローを頂戴できればありがたいです。感想もお待ちしています。作品の参考にさせていただきます】

https://kakuyomu.jp/works/16817139557963428581#reviews

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