第142話 祝福


「軍使には私が立つわ。手出しは無用よ。特にランラは動いちゃだめだから」


 ユリシスは使者の後を追うように屋敷の中に入っていく。相手の指名はユリシス一人なのだ。実を言うとハッシキもいるので一人ではないのだが、相手はハッシキの存在を知らない。


「大丈夫。いざとなったらボクがユリシスを守るから安心してほしい。何かあったら……。いや何も起こらないよ」


 扉を潜るとそこは貴族の屋敷の基本構造になっており、広いホールだった。その奥には左右に階段が見える。明かりは窓から入ってくる日の光だけで少し薄暗い。その影の中から、人の姿が現れる。

 一歩踏み出すごとに足元から埃が上がる。侍女たちはいないようだ。しばらく掃除はしていないようだ。すでに退去させていたのだろう。


「これはこれは聖女様、ようこそお越しいただきました。何のおもてなしもできずに恐縮です。この屋敷の中には私だけしかいないものですから」


 この男がランサの兄のカギルなのだろう。母親になのだろうかレビッタントにはあまり似ていないように思える。ただ、このホールは陰影が濃い。それにかなりやつれているようでもある。本来であればもっと端正に見えてしかるべきなのだろうが、尖った印象しかユリシスにはない。

 胸に手を当て、身体を折る。その仕草がいかにも演劇めいていて大仰だ。正直、鼻につく。ユリシスの鼻腔を刺激したのは、その仕草だけではない。血の臭いが微かにカギルから漂ってくる。


「私だけしかいない……」


 ユリシスはカギルの最後の言葉を繰り返す。


「妻子はどうした。落としたのではないのか?」


 ユリシスたちがここにくるまでにやりようはいくらでもあったはずだ。首謀者はあくまでも、当主であるカギル一人に限定される。妻子も連座させられるが、まだ未成年であるのならば命は永らえられる。

 ユリシスはカギルを無視して階段を駆け上がる。

 廊下の両脇にはいくつもの部屋が並んでいる。少し扉に隙間のある部屋がある。ユリシスはためらわずに扉を引く。

 中にはベッドに寝かせられた三つの遺体が安置してあった。剣で胸を一突きされたようだ。それほど出血はしていない。間違いなくカギルの妻子に違いない。ランサにとっては義姉であり、甥や姪だ。

 ユリシスを追ってきたのだろう、扉が軋む音がする。


「私が殺しました。自殺では祝福を受けられない。殺すのが妻子にとっては一番の幸せだったのですよ」


 確かに反逆者の妻子という負い目は一生ついて回るだろうが、レビッタントの縁者なのだ。ユリシスの後ろ盾もある。


「生きていれば、名誉が回復される機会は必ず訪れる。依怙の沙汰だと言われても、私だっているのだ。殺してしまっては何にもならない」


 ユリシスの噛み締めた唇に血がにじむ。


「祝福を与えてはいただけませんか? 最後の願いです」


 カギルはユリシスがミラ家の討伐にくると知っていたのだろう。もしユリシスでなければ、妻子の命は助かったのかもしれない。いや、それは結果論でしかないのか。ユリシスは動揺し混乱している。呆然と立ち尽くす。


「さあ、聖女様、妻と子供たちに祝福を」


 確かに自殺ではない、祝福は与えられる。だが、そのためだけにこの場に妻子を留め、そして殺したというのか? 微かな殺気を感じた。振り向くと、カギルが剣を振り上げていた。


「ユリシス!」


 ハッシキの声とともに、金属音が部屋に響く。腕を剣状に変え、とっさに受けたのだ。そのまま、身体の側方にカギルの剣を流し、カギルに突きつける。剣先は過たずにカギルの心臓を貫いた。


「ありがとうございます。これで私も妻子と一緒のところに行ける……」


 ユリシスは絶叫した。しつつも、どこか冷静で今の姿を俯瞰している自分がいる。ランサに何と言えばいい、いや言い訳などどうでもいい。


「イザロの炎……」


 掌に炎を灯すと、それをカーテンに向かって投げつける。火はカーテンを伝い天井へと延びていく。


「ユリシス、祝福を」


 ハッシキの言葉に従うように、妻子、そしてカギルの額に手を当てる。


「それでいい、ユリシス。間違ってはいないよ」


 部屋を後にするユリシスの背中が熱い。だが、心は驚くほどに冷めきっている。


 炎が爆ぜ、窓ガラスを割る音が響いた。


【拙い文章ですが、最後までお読みいただきありがとうございます。聖女系の小説嫌いじゃない、先がちょっとだけでも気になっちゃったという方、ゆっくりペースでも気にならないという読者の皆様、★評価とフォローを頂戴できればありがたいです。感想もお待ちしています。作品の参考にさせていただきます】

https://kakuyomu.jp/works/16817139557963428581#reviews

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