第140話 特例
ユリシスは兵を率いていた。できれば戦闘にはしたくはないが、こればかりは相手の出方による。率いるのは千人。中立国家群において、ナザレットの補給部隊を攻撃して回ったあの兵だ。
ラクシンがターバルグから率い戻ってきたのだ。
兵にとっては折り返しになるが、異見を挟む者はいない。
彼らにとって、ユリシスは幸運の女神に等しい。兵にとっては将はある種、信仰の対象でもある。どちらかといえば猛将タイプは嫌われる。確かに勝ちはするのだが、兵の損耗率もまた大きい。兵だって人間なのだ。出来れば生きて帰りたい。それほど多いとは思えないのだが、三日の休養で兵士の鋭気は充分に回復している。
レビッタントも最初は従軍を願い出ていたが、彼がいなくなると、政務が滞る恐れがある。レビッタントの部下に無能はいない、ユリシスは知ってはいるが、遺留したのだ。ミラ家との戦いになるからだ。
当初はランサにも遠慮してもらう予定だったが、こちらは頑として聞き入れてくれなかった。
「私は姫様が行かれるところであれば、どこにでも行くのです。姫様がおられる場所が私の場所なのです。選択肢はありません」
それこそ置いていくといえば自殺でもされかねな勢いだったのだ。もっともユイエスト教は自殺を禁忌としている。理由は明快だ。命は神から与えられたものだからだ。人には使命がある。自殺はその使命を放棄するのと同じ意味だ。命を粗末にしてはいけないという道徳観ももちろんあるが、むしろこれは使命を果たさずに命を無駄遣いするな、という宗教的観点から派生しているといっていい。粗末にされた命は浄化されない、祝福も受けられない。宙をさまよい続ける。
もっもと、それでも自殺者はいる。それだけ生き方を見失った人々もまた多い世の中なのだ。
「兄妹の争いなど見たくはなかったので、おいていくつもりだったのに……」
ロボに揺られるユリシスの声は風がかき消してしまう。
今、ユリシスたちは兵を率いてミラ家の討伐に向かっている。帝都の近くに領地をもっているが、そこを退転して、地方の封地に立てこもっているという情報が入っている。
レビッタントの工作により、多くの貴族たちが叛乱の矛を納めつつある中で、ミラ家だけは頑強に抵抗しているのだ。ただし、リリーシュタットの本軍がナザレットの戦いのため出払っており、監視の兵がわずかに様子を窺っているだけだ。ナザレットが勝てば、その勢いをもって共に帝都へと進軍する予定だったのだろうが、その希望は覆されてしまっている。
ナザレットの後ろ盾を失った貴族は脆かった。誰しれ滅亡はしたくはない。レビッタントの好餌となっていったのだ。ミラ家への働きかけももちろん行われているが、そちらは捗々しくない。力で解決するしかない状況に陥っているのだ。
「本来であればリリーシュタットの内政の問題にも成りかねないのですが、私たちが動いてもいいのでしょうか?」
ランサの心配はそこにあるようだ。
「大丈夫よ。アリトリオを通してジオジオーノ陛下には了解をもらっているわ。他ならないミラ家ですからね」
ミラ家単体の家内の問題にユリシスが介入するという形をとってもらっている。これ以上すると内政への干渉となる、際どい線だ。それもあって、なるべく武力を使いたくはないのだ。それでも兵を率いているのは、やはりその不安があるからに他ならない。
ミラ家は大貴族とはいっても持っている兵はそれほど大きくはない。持っている兵が大きければ、元より帝国に帰属などはせず、独立自営で国を運営しているはずだ。帝国との血縁関係があるとは言っても、領内では自治権をもっている半独立国でもある。つまり、帝国の廷内である程度の地位を持ちつつ、帝国の運営にも携わる一方で、自領に戻れば、その内政も行わなければならない、それが貴族たちの基本的な形なのだ。もちろん廷内に地位をもっていなければ、自領内での政治に専念する。
レビッタントは公爵であったが、政治的野心はそれほど大きくはなかった。帝国内での政治活動には積極的ではなかったのだ。
せっかく許してもらった特例に近い扱いだ。上手く運びたいという思いがユリシスには強い。それは個人的にミラ家に肩入れしているように見えたとしても、それでもユリシスは構わないと思っている。それだけレビッタントもランサもユリシスにとっては大切な人なのだ。
「ところでランサ、ミラ家を継いだあなたのお兄様はどのような人なのかしら」
ここまで強硬なランサの兄の人となりが気にならないといえば嘘になる。剛毅であるという噂は今までに聞こえなかった。
「とても優しい兄でした、妹の私にとっては、かもしれませんが」
政治という土壌からは、優しい善人から退場していくというのが決まりとなっているといっても過言ではない。各国を納めていいる領主は多かれ少なかれ策謀家の一面を持っている。そうでなければ生き残れないからだ。
であるとすればランサの兄であるカギルはいかにも平時の貴族的な人物であるかのように思える。叛乱を後悔しつつも、帰順する機会を逸して後悔している可能性も出てくる。あるいは父親であるレビッタントへの敵愾心かもしれない。攻略の手掛かりはきっとある。
「ランサ、これだけはお願いしたいの。出来るだけ口は出さないようにして頂戴ね。これは兄妹喧嘩ではないのですから」
ユリシスがランサをつれてきたのはミラ家の娘だからでは、もちろんないのだ。
【拙い文章ですが、最後までお読みいただきありがとうございます。聖女系の小説嫌いじゃない、先がちょっとだけでも気になっちゃったという方、ゆっくりペースでも気にならないという読者の皆様、★評価とフォローを頂戴できればありがたいです。感想もお待ちしています。作品の参考にさせていただきます】
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