第108話 岐路

 ナザレット軍はかろうじて軍の体裁を保ちつつ、逃走を続けている。今のところリリーシュタットの追撃は急ではない。

 したくてもできないというのが真相だ。軍の再編と次の行動が瞬時にとれるほど、人の手足のようには動けない。


「追撃を。急ぐのよロボ!」


 今、動けるのは自分自身しかいないという自覚をユリシスは持っている。ロボを急き立てるのもそのためだ。敵の逃げ足は早いものの、追いつけない速度ではない。ナザレットの皇都バレルからはおそらく援軍が出ている。その援軍と遭遇するまでの間が追撃のチャンスになるが、それまで持ち堪えられる体力がナザレット軍にあるかどうか微妙なところだ。おそらく、リリーシュタット軍単独であれば敵軍の合流に間に合わない。

 ユリシスの戦術眼は未成熟であり、補佐するランサもまた同様だ。追いつけさえすればなんとかなるほど楽な展開ではない。敵は必死に逃げているが、その逃走は巧みだ。最後まで残った最精鋭の聖騎士団を盾にして時間を稼ぎ、隙きを見つけては距離を稼ぐ。

 皇都までの距離は縮まっているし、援軍は動かずに待っているわけではなく、徐々にこちらに近づいているのだ。

 敵の援軍と遭遇したらどうするのかというところまでユリシスは考えているわけではなかった。


 ナザレット軍は危険境界線を超えた。援軍がすぐそこまできている。ユリシスはロボからの報告受けた。こうなってくると殲滅は難しい。援軍と一戦を交えるか即断が求められた。


「姫様、ここまでのようです。引きましょう。味方と合流するまで時間を稼げば、もう一戦できるでしょうから」


 ランサは進言するが、ユリシスはどこか釈然としない。このままでは、敵を一度打ち破っただけになる。もちろん、それも大きな戦果には違いないが、形として国の半分を占拠され、貴族たちの反乱まで誘発された敵の策謀と見合わない。敵戦力を掃討できないのであれば、今後の反乱貴族の討伐にも支障が出るに違いない。

 敵を無力化し、皇都を落とす。それではじめてリリーシュタットは平安を得る。それは聖サクレル市国にとっても同様だ。ユリシスにはそれしか見えていない。それはあまりにも幼稚な視線であり、ランサの方が幾分、成熟している。


「ロボ、私達だけ、単騎で敵陣を抜けられるかしら?」


 ロボが咆哮をもって応える。敗走する敵を追い抜き、援軍の中央を突破し、皇都へ迫る構えだ。援軍が出ている以上、皇都を守る兵は少なく、城門も開いている様がユリシスの眼には浮かんでいる。


 リリーシュタット軍を率いるジオジオーノはもちろんだが、幕僚として近侍しているアリトリオ以下は凡愚ではない。ナザレット軍の動きをつかんでいるはずだし、予測もしているだろう。ここで、ユリシスが追撃を中止しても問題なく殲滅できるだけの力量がある。


「でもやっぱり、ランサの言う通りにした方がボクもいいんじゃないかな。確実に勝てる態勢だよ、ユリシス」


 ハッシキの言葉に心が動かなかったと言えば嘘になるだろう。ユリシスにも多少の揺れと不安がある。もちろん自らの未熟さ故だ。


「姫様は功名をお求めなのですか?」


 ランサの問い掛けには幾分の棘が含まれている。ユリシスが私利私欲で動く人ではないと分かっていてあえて問い掛けているのだ。もちろんそこには後続してくるリリーシュタット軍との合流を示唆している。いやもっと端的に言えば、先行せずに、ここで時間を稼ぎ、堂々の陣形をもってナザレットの全軍を打ち破りたい、それがランサの本心であり、そこに、ユリシスの心の持ちようとの齟齬があった。


「私達だけじゃ無理なのかしら?」


 過信ではなく、多少の意固地さがユリシスの言葉に滲んでいる。


「いえ、無理ではないのです。形の問題だとあえて申し上げます」


 リリーシュタット軍の勝ち、いやこの場合はナザレットの負けが確定している。危険を侵す必要はどこにもないのだ。ここで万が一ユリシスが傷つきでもすれば、軍としてリリーシュタットは勝ったとしても、ランサは全く嬉しくはない。


「軍全体で勝利を分かち合いたいなどとは申しません。姫様さえお勝ちになれば、我々の勝利なのですから」


 確かにユリシスは聖サクレル市国の領袖ではあるが、それ以前に聖女なのだ。それは一つの象徴ではあっても、ユリシス個人に付随している。それを口に出せば、不敬にあたるかもしれないが、ランサはユリシスを愛しているのだ。そこにリリーシュタットや聖サクレル市国が入り込む余地はない。


 ここは即断即決を求められる戦場だ。しかも、時間が惜しい。そのような時に、テーブルに向かい合ってゆっくりと言葉を交わすような猶予は与えられていない。結局のところ、ユリシスの決断がすべてなのだ。ランサにももちろん分かっている。ユリシスの取るべき決断がどのような形になるのかを。


「ありがとう、ランサ、ハッシキ」


 そう二人に告げるユリシスだが、その後に続く言葉をランサは知っている。


「でも……」


 やはりそうなのだ。ユリシスは単騎、皇都バレルへと進む道を選ぶ。


【拙い文章ですが、最後までお読みいただきありがとうございます。聖女系の小説嫌いじゃない、先がちょっとだけでも気になっちゃったという方、ゆっくりペースでも気にならないという読者の皆様、★評価とフォローを頂戴できればありがたいです。感想もお待ちしています。作品の参考にさせていただきます】

https://kakuyomu.jp/works/16817139557963428581#reviews

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る