第99話 過敏

「レストロアから兵が出ました」


 その報告はジオジオー・ザビーネにとっては的確ではなく、アリトリオ・レストロアにとっては抽象的だった。レビッタント・ミラにとっては無意味だと言っていい。三人は報告をもたらしたジオジオーノの侍臣に、やや覚めた視線を送る。聞き耳を立てていたその場にいた者すべてが、肩をすくめる。

 失敗に気付いたのか、侍臣は再び口を開く。


「し、失礼致しました。レストロアから東に向かって兵が出ました。その数は一万人です」


 ジオジオーノとアリトリオは揃って頷く。


「よろしい。下がれ」


 知らせは吉報だ。


「聖女様にお任せして正解でしたね」


 最初から分かっていたかのような素振りでアリトリオはジオジオーノの方を向く。


「分かっていたのではないのかな、レストロア卿?」


 本営となっている会議室の机の上には地図が出されたままだ。その上には駒が置かれている。リリーシュタットの東半分の各街には赤色と橙色の駒が置かれてある。赤色はナザレット教皇国の本軍、橙色は反乱した貴族を示している。それに対して青色の駒はわずかに二つ。リリーシュタットの王都であるベニスラに一つ、そして中立国群の中央やや北寄りに位置するターバルグに一つ。


「ミラ卿の動きはいかがか?」


 ジオジオーノの前に立つもう一人の人物に声を掛ける。反乱した貴族たちへの工作を行っているレビッタント・ミラだ。


「揺れております。もっともこちらが揺すっているからですが。今ならまだ間に合うと思っている貴族たちも存外多いものです。いささか甘いようですが」


 今回の反乱にはミラ家も関わっているだけに、レビッタントとしては責任を痛感していもいるし、ユリシスの慰留に感謝もしている。ここでひと働きしなければ、ユリシスの言葉が虚しくなるし、自分自身を許せそうもない。


「対応は一任させていただければと。情けない話し、この期に及んでも体面を気にするものですからね、貴族という人種は」


 レビッタントはつい先ごろまでは貴族の当主だった。

 しかし、今では違う。貴族の地位を去ったユリシスの腹心だという自負がある。ジオジオーノは王家を後見する立場とはいえ、リリーシュタットの貴族との絡みは今まではしてこなかった。レビッタントの力に期待を掛けているのだ。

 レビッタントとアリトリオの立場は聖女ユリシスによって担保されている。その聖女ユリシスは、地図上の二つの駒のうちの一つ、ターバルグにいる。


「一万か。補給部隊を護衛するには過剰な戦力に思えるが」


 それだけユリシスの動きが相手に影響を与えているという証左だ。今までに数回出撃して、すべて全滅させている。ナザレットの首は締まりつつある。


「ナザレットも過敏になっているのですよ」


 アリトリオがレストロアの東に駒を置く。


「戦いは数ではないといいたいところではあるが……」


 ジオジオーノに不安がないかと言えば嘘になる。次の報告では勝敗が明らかになるだろう。ただ単純な一戦ではない。今後の動きに大きく関わってくる。

 アリトリオはどうやら勝利を確信している節がある。彼にはラクシンからの情報も入ってきている。奇跡や運ではなく、今まで勝つべくして勝っているのが手に取るように分かっているのだ。


「この戦いの勝敗によって戦況は大きく変わります。こちらも出陣の準備に取り掛かりましょう。穀物が熟す前に、戦機が熟すようです」


 アリトリオの言葉がその通りであるならば、五十日程度で決着が付く計算になる。


「陛下、この地図をご覧になられて奇妙だとはお思いになられませんか?」


 後手に立つアリトリオはジオジオーノに問い掛けるような眼差しを送る。


「地図だけを見れば、ナザレットの完勝なのです。ですが、実際にはそうはなっていない。むしろ追い詰められている。これは確信に近い勘なのですが、相手の最高司令官は、戦場を踏んでいないのではないでしょうか」


 地図上の駒は食糧を必要としないが、現場では違う。一日に大量に食わせなければならないのだ。街から住民も物資も引き上げている効果と、ユリシスの活躍でこの局面が出来上がっている。


「陛下に進言致します。次の戦いの報告があり次第、聖女様には帰国していただくよう、要請されるべきでしょう」


 アリトリオにユリシスを過大評価しているつもりはまったくない。勝利を確信し、ジオジオーノにそう伝えたのだ。


【拙い文章ですが、最後までお読みいただきありがとうございます。聖女系の小説嫌いじゃない、先がちょっとだけでも気になっちゃったという方、ゆっくりペースでも気にならないという読者の皆様、★評価とフォローを頂戴できればありがたいです。感想もお待ちしています。作品の参考にさせていただきます】

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