第74話 執念
「貴方の名前、聞いていなかったわね」
今や形勢はこちらが有利だ。
相手の攻撃をかわしながら、ユリシスは問い掛ける。答えなど期待していない。相手の形相がそれを告げている。
相手が剣を横薙ぎに払う。それをハッシキが受け止める。
「ユリシス、気を付けて。相手の攻撃が雑になってきている。剣に聖霊術が付与されているんだ。触れれば命を持って行かれるかも」
ユリシスは大きく後ろへと距離を取る。それと同時に剣状になった右腕を突き出す。剣は光の速さで伸び、相手の左肩を貫く。それでも男は距離を詰めてくる。剣を引き抜き、さらに後退する。チラリとランサとロボを見る。階段の前で兵士たちと交戦中のようだ。床には首の飛んだ遺骸や、腕をもぎ取られのたうち回る騎士の姿が見える。
「大丈夫、ユリシスには指一本触れさせないから」
体力も上がっているし体幹の質も向上している。もちろん聖騎士にははるかに及ばないものの、普通の女の子よりは少しは身体能力は上だ。それにユリシスには今、右腕がありハッシキがいる。
限界はあるのだろうが、ユリシスは相手の剣をかわし続けていればそれでいい。ランサやロボがもうすぐ駆けつけてくれる。
この男は暗殺者だ。相手の気配を窺い、隙きを付く。それには長けているが、真正面からの剣術に関しては聖騎士に劣る。それでもこうやって攻撃を繰り出してきているのは、ユリシスを格下だど見くびっているからだ。
兵士たちがランサとロボを引き止めているのだと思っているのだろうが、それは錯覚にすぎない。いやすでに理解した上で攻撃を行っているのだろうか。
「引き下がってもらえれば、こちらは立ち去る。命は奪わない。逃げてくれないかしら?」
少しでも時間が稼げればと声を掛けたが逆効果だったようだ。男はいきり立って攻めてくる。右腕はハッシキに任せて、自分の左腕に意識を集中させる。鉤爪が空間に文様を描き出す。
「ハッシキ、足を止めるわ。グラベーリン! ヴァン・ブラッド・アヴァルト!」
圧縮された空気が刃となり、相手を襲う。目には見えない。かわしようがない。相手の両膝から下が切り離される。大きく後ろへと倒れ込む。
しかし、すぐに起き上がってくる。膝から下が再構築されている。この男の宿痾は両足、聖霊術を使って足を作っていたようだ。
「一筋縄ではいかないようね」
ユリシスにははっきりと分かった。この男の最大の武器は執念だ。相手を何としてでも殺すという意志の力。そうやって幾つもの命を奪ってきたのだ。
轟音が響き渡る。ランサが反対側の階段を破壊したのだ。これで兵士たちは上がって来られない。ロボが雄叫びを上げる。この部屋の兵士はいなくなった。残っているのはこの男だけだ。
「勝負ありね。私たちは逃げるわ。またどこかでお会いしましょう。暗殺者さん」
右腕は取り戻した。目的は果たせたのだ。あとは逃げるだけだが、それはそう難しくはない。こちらにはロボがいる。ユリシスはゆっくりと下り、ランサとロボに近づいていく。
「終わらせない。逃さない。聖女はここで死ぬのだ!」
決死の覚悟か、最後の力だろうか、刺し違える覚悟で男は飛び上がり、ユリシスに斬りかかる。だが、男の覚悟は虚しかった。空中でその動きを止めたのだ。左胸に深々と剣が突き刺さっている。ユリシスの右腕だ。
「ま、まだだ」
男は断末魔にありながら剣を手繰り寄せるようにしてユリシスに近づいて来る。何と言う執念だろう、心臓を刺し貫かれながらも、ユリシスの命を奪うために戦おうとしているのだ。
男が剣を振り上げる。ユリシスはその動作をじっと見つめている。時間が流れる。剣は振り下ろされない。
男は息絶えていた。
「見事でした、名も知らぬ暗殺者……」
右腕が引き抜かれる。男の死体が床に落ちる、重量感を伴わない軽い音をたてて。
陽が傾き始めている。かなりの時間戦っていたようだ。敵が昇ってきた階段は完全に吹き飛ばされている。入ってきた階段は扉が破壊されているが使用は可能だ。
「でも、途中で破壊されているわね、確か」
ユリシスの術式で通路ごと破壊して昇ってきたはずだ。
「もと来た道を戻る必要なんてないわね。ロボ、お願いできる?」
天井を吹き飛ばした尖塔から周囲の様子が見て取れる。爆発音は聞こえて来ない。だが、ところどころで煙が立ち上り、人が行き来しているのが分かる。かなり混乱しているようだ。
「問題ない。早く乗れ」
ロボに促されて、ユリシスはロボへと飛び移る。右手を伸ばしてランサを引き上げる。
「ありがとうランサ、ロボ、ハッシキ、お陰で右腕が返ってきたわ。帰りましょうか」
【拙い文章ですが、最後までお読みいただきありがとうございます。聖女系の小説嫌いじゃない、先がちょっとだけでも気になっちゃったという方、ゆっくりペースでも気にならないという読者の皆様、★評価とフォローを頂戴できればありがたいです。感想もお待ちしています。作品の参考にさせていただきます】
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