第40話 送還

 送還の儀式は王城の北尖塔で行われた。秘密を守るには都合のいい場所だ。第一、教会は建造中、大聖堂以外は基礎すら出来ていない状態なのだ。


「月の光が俺の胸に当たると、聖霊陣が展開される。術式は陣の外側に書かれてある。読み違えると送還は失敗する。俺が合図をしたら、聖霊陣に二人とも飛び込んで欲しい」


 ランサはともかくとして、片腕を失っているユリシスに術式を完成させられるだけの力があるのかかなり不安だ。


「大丈夫だよユリシス。腕があってもなくても聖霊力の力は変わらないし、足らない部分はボクが補う。ランサほどではないけれどね」


 ロボの胸に尖塔の小窓から注ぐ月光があたると、狭い尖塔と同じぐらいな大きさの聖霊陣が描かれる。周囲には術式と思しき文様が描かれている。何と書かれてあるのかユリシスとランサには読めなかったが、書いてある内容は理解できた。


「聖霊の望みたりし送還の陣、銘はロボ。呼びし魂は聖女たるユリシス。闇と光、魔と聖よ渾然だれ。望まざるを叶えしがため、望みを叶える。弱気は逃走し、淘汰される。清浄よ吹き払え、根源たる深淵に触れよ。月は銀、陽は紅、螺旋を巡り輪廻に戻る」


 ロボが聖霊陣の中央へと進み座る。ユリシスとランサは術式を頭の中で思い描く、そこに聖霊力を陣へと注ぎ込む。聖霊陣から青白い光が立ち上る。光はそれほど強くはない。柔らかくそして温かい。


「今だ、飛び込め!」


 ロボの合図に反応して、ユリシスとランサは陣の中に身を投じる。三人が光に包まれ粒子となる。聖霊陣が光を失い、消えて行くのと同時に、粒子は吸収される。跡には何も残っていなかった。

 尖塔の扉が開かれる。レビッタントとアリトリオはランタンで尖塔内を照らすと、お互いを見遣って頷く。どうやら術式は成功したようだ。


「ちょっとだけ忙しくなる。心して臨むとしよう、レストロア卿」


 落ちているのか昇っているのか判然としなかった。目を開くと、光が上下に激しく流れている。周囲を見ると、ランサとロボの姿が認められるが、輪郭がぼんやりと光っている。そお光が二人を包み込み、周囲と境界が混ざっていく。おそらく自分もそうなのだろうと思い、ユリシスは左手を見つめる。聖なる心臓だけが質感を伴っているかのように、はっきりとした像を保っている。


「私たちは還元され、再構築されている」


 ユリシスがつぶやくと同時に意識を失った。


 どれほど気を失っていたのだろうか? 自分の名を呼ぶ声で気が付いた。目を開くと、声に聞き覚えはあるものの、見知らぬ獣人の男が顔を覗き込んでいた。漆黒の瞳がこちらを見ている。純白の髪の間には狼の耳が生えているのが分かった。削り出した金属を若さで包み込んだような容貌をしている。とても端正な顔立ちだとユリシスは思った。


「ここは……」


 差し伸べられた手を取ると、ユリシスは起き上がる。隣を見ると、ランサが横たわっている。まだ気が付いていないようだ。見渡すと広い草原のようだった。


「ここが聖獣の国だよ、姫様」


 この獣人の男は間違いなくロボだ。ユリシスは顔を俯ける。少しだけ赤面しているのが自分でも分かる。ユリシスは今までに男性と接した機会は殆どない。兄たちとでさえ、まともに会話した記憶はない。ロボはユリシスの気持ちを察したようだ。


「そんなに緊張しなくていい。見た目と喋り方がこうだから誤解するかもしれないが俺たち聖獣には性別はない。意識せず今まで通り接してくれれば助かる」


 ロボは同様な説明をもう一度しなければならなかった。ランサもユリシスと同じ反応をしたからだ。


「街までかなりの距離がありそうだ。仕方ない、歩いていくしかない。街に着いたらリザードを調達しよう」


 歩く? いつものようにロボにまたがって行けばいいのではないかとユリシスは思い、ロボに尋ねた。


「この世界では、俺はこの姿だ。修練の時にしかフェンリルにはならない。歩くしかないんだ」


 この身体は不便で脆弱だ、そうロボはこぼしている。


「それとここには魔物が出るので用心しておいてほしい。二人の力なら大丈夫だろう、そう強くはない。それにまず襲われない。聖獣は魔物の頂点でもあるからな」


 歩きながら道々ロボは説明をしてくれる。

 ここには国という概念はない。二十ほどの街とその三倍ほどの村がありそれぞれが生活を営んでいる。最も大きな街スズモリ、そこでロボは生まれ育った。今回の目的地だ。


「生まれ育つ? どうやって聖獣は生まれてくるの?」


 聖獣に雌雄はないとロボは言っていた、どういう理屈で生まれてくいるのか理解不能だ。


「魂は巡っている。その総数は殆ど変わらないと言われているんだよ。その魂が具象化する。そうやって聖獣は産まれてくるんだ」


【拙い文章ですが、最後までお読みいただきありがとうございます。聖女系の小説嫌いじゃない、先がちょっとだけでも気になっちゃったという方、ゆっくりペースでも気にならないという読者の皆様、★評価とフォローを頂戴できればありがたいです。感想もお待ちしています。作品の参考にさせていただきます】

https://kakuyomu.jp/works/16817139557963428581#reviews

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