第30話 聖心

 扉はいかにも重厚そうで簡単に開きそうにはない。


「ランサ、ちょっと押してみて」


 ユリシスの言葉に従って、ランサが扉を押すがぴくりとも動かない。


「やっぱりそうね……。教えられた伝承の通りだわ。よし、私がやってみるわ」


 ユリシスが扉の前に立つ。詠唱するでもなく、ゆっくりと扉に手をかざすと、音もなく扉は内側へと開く。

 教会は完全に破壊されていたが、神像は無事だった。ロボが身体を寄せると簡単に動いた。そして、その先にあったダンジョンと扉。ユリシスが手を触れるまでもなく簡単に開いた。


「贖罪派もおそらく探したはずだとは思うの。でも神像には手が付けられていなかった。いや正確にはつけられなかった、のかもしれないわね」


 神像を動かす鍵はロボの存在。聖獣は世界でたった一体のみ、聖女に付けられたロボだけだ。そして、この扉の鍵はユリシス自身。世界でただ一人の聖女だ。


「私とロボの二人が揃って初めて開く扉。おそらく多重結界が張られていて解読には時間が必要だったのか、あるいは私たちの存在そのものが必須だったのか、それは分からない。分からないけれども、此処から先は私たちだけの世界よ」


 扉を潜り、中へと入る。部屋の中央には聖霊陣が描かれている。効力を発揮しているのだろう薄ぼんやりと紅色に部屋の中を照らしている。その中央には台座は設えられており、その上に見慣れない薔薇色の物体が置かれている。


「あれね」


 ユリシスは躊躇いなく聖霊陣の中に足を踏み入れると、台座に置かれた物体を手に取る。


「鼓動している……」


 ランサが近づいてきて肩越しにユリシスの手にのった物を見つめている。


「それは一体何なのですか? 何に使うものなのでしょう?」


 ランサが問い掛けた瞬間にその薔薇色の物体はユリシスの手元から浮かび上がり、光り輝き始める。みんなが手をかざしてその光を見つめる。


「ランサ、これは心臓。神の聖なる心臓よ!」


 光は大きく強くなり、やがて収斂し始める。


「聖なる心臓は、その世代の聖女にとって必要な形に変わるの。指輪だったり、ティアラだったり、錫杖だったりいろいろね。先代のロロ様の聖なる心臓は指輪だったわ」


 光が形を変えてユリシスの手元にまで降りてくる。

 見ると金色に輝く、指貫状の鉤爪だった。ユリシスは手にとると、大きさを確認している。手を広げたほどの大きさがある。サイズ的にはどうやら左手の中指がちょうどいいようだ。


「暗器でしょうか? なんだかとても攻撃的なものに見えるのですが、姫様」


 尖った爪先がいかにも禍々しい印象を与える。かなり鋭利な得物だ。

 ユリシスは二回三回と腕を突き出す。


「明らかに武器みたいね。何だか戦えと言われているような気もするわね」


 ユリシスは鉤爪を引き抜こうとするが、外れないようだ。手を表にしたり、裏にしたりしながら眺めている。


「分からないわね、外し方。もしかしたら一生このままかもしれない。ちょっと不便だけれども、これが神のご意志であるのであれば、躊躇ってなんていられない」


 そうであっても神から与えられた恩寵であるのは間違いがない。ただはっきりしているのは、ユリシスの聖女としての道は平坦ではなく、戦いに身を投じなければならないという宿命だ。それはすでに分かりきっているとでも言うような顔つきをユリシスはしている。


「みんなに助けられて、拾った命よ。戦いにでも何にでも使う。もう迷わない」


 ユリシスの声が残響となって空間を満たしていく。同時に聖霊陣が暗くなる。どうやら儀式は終了したようだ。

 聖なる心臓は神の秘蹟、代々聖女に受け継がれてきた、千数百年もの間。儀式の終了は、歴代の聖女がユリシスを認めてくれたからだろう。資格の無いものには手にすらできないはずだからだ。

 ユリシスは確かに聖女として戴冠した。だが、聖なる心臓は受け継いではいなかった。儀式は途切れてしまったからだ。ユリシスはこうやって、ようやく聖なる心臓を手にした。真の聖女となったと言っていい。

 見届人はランサとロボ、そしてハッシキだ。


「私はもっと強くなる。ならなければいけないの」


【拙い文章ですが、最後までお読みいただきありがとうございます。聖女系の小説嫌いじゃない、先がちょっとだけでも気になっちゃったという方、ゆっくりペースでも気にならないという読者の皆様、★評価とフォローを頂戴できればありがたいです。感想もお待ちしています。作品の参考にさせていただきます】

https://kakuyomu.jp/works/16817139557963428581#reviews

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