第90話 (11)県大会決勝
準々決勝、準決勝とおれは相手から一本も取られずに勝ち上がることが出来た。
早い時間で終わったため、体力の温存も出来ている。
三年連続、県大会決勝進出。
これで勝てばインターハイ出場決定だ。
だが、目標はあくまでインターハイでの優勝。
神崎に勝ってはじめて、目標が達成できたといえるのだ。
いま思えば、インターハイ優勝については不純な動機だったといえる。
最初にインターハイ優勝を口にしたのは、佐竹先輩だ。
おれが体育館の裏に佐竹先輩を呼び出して、告白した時の返事。
それが「インターハイで優勝したら付き合ってもいい」というものだった。
あの時、佐竹先輩は無理難題をいえば、きっとおれが諦めるだろうと思って口にしたのだと思う。だが、おれは諦めるどころか、新たなる目標を見つけ、がむしゃらになった。
一年生でインターハイ出場。
それだけでも快挙だといえるだろう。
そのインターハイで出会ったのが東京M学園の神崎だった。
おれは神崎との試合で、足を負傷した。
足を負傷しなくても、おれの負けだったことは確かだが。
あの日から、ずっとおれは神崎のことを追い続けた。
二年生の時のインターハイでは、準決勝で神崎に負けた。
あれも完全な負けだった。
だからこそ、今度こそ負けるわけにはいかないのだ。
県大会決勝戦。
ここで勝てば、インターハイが待っている。
おれは気合を入れると、試合会場へと向かった。
対戦相手の名前が呼ばれる。
「はじめっ」
試合がはじまる。
おれは相手が構えるのを見てから、ゆっくりと正眼に構えをとった。
鍋島との試合は最後の方しか見れなかったが、黒田はかなり速い動きをする選手だという印象を抱いた。
じりじりと圧をかけるように、黒田は前に進んできた。
まだ、お互いの剣先は届かない間合いだ。
おれはその圧を受け止め、黒田がこちらの間合いに入ってくるのを待った。
黒田が動いた。
そう思った時には、左腕に衝撃を受けていた。
剣先が小手をかすめる。
入りは、浅い。
やはり、速い。
おれは体勢を立て直しながら、突きを打つ。
黒田はおれの竹刀を自分の竹刀で払い除け、おれの懐へと入ってこようとする。
鍔迫り合い。
黒田は速いだけではなく、力も強い。
本当に一年生なのか。
おれは伸し掛かってくる黒田の圧を受け止めながら、竹刀の位置を微妙にずらしたりして、黒田の自由にはさせないようにしていた。
黒田はそれを嫌がり、おれの竹刀を動かせないように力を入れてくる。
そのチャンスは、一度きりだ。
おれは黒田が力を入れた一瞬の隙きを突いて、膝の力を抜くと、その勢いを使って竹刀を下から跳ね上げた。
面越しに、黒田の驚いた表情がよく見えた。
黒田の持っていた竹刀は宙へと跳ね上げられ、乾いた音を立てて床に落ちた。
巻き上げ。
もちろん、目的は巻き上げで黒田の竹刀を奪うことではない。
おれは黒田の竹刀を巻き上げると同時に、返す刀で面打ちを放っていた。
「面あり、一本」
審判の声が試合場に響く。
それと同時に、歓声が沸いた。
久しぶりの巻き上げだった。
この巻き上げは、Y大学の岡田さんから伝授されたものだ。
試合では一度しか使えないとも言われていた。
なぜなら、一度見たら、相手はそれを警戒してしまうからだ。
相手の黒田が一年生ということもあり、おれの過去に使った巻き上げは知らないだろうと考えて使ってみたが、その予想は当たり、きれいに巻き上げ打ちは成功した。
黒田は平常心を失っていた。
それは、一本取られたということと、曲芸みたいな真似をされたという屈辱から出たものだった。
猛攻と呼ぶにふさわしい連撃が繰り出されたが、おれはそれを冷静に捌いた。
確かに黒田の攻撃は猛攻だったが、怒りに任せているため、動きが雑だった。
おれは乱れた黒田が入ってくる時に一瞬動きを止めることに気づき、そのタイミングを狙って突きを放った。
おれの放った突きは、きれいに黒田の顎下を捉えていた。
「突きあり、一本」
こうしておれは、三年連続県大会優勝を果たし、インターハイへの切符を掴んだ。
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