第57話 (12)秘密の共有
デパートは夏休みということもあってか、家族連れの姿が目立っていた。
高瀬はデパートの案内図を見上げながら、自分の目的の店が何階にあるかを調べている。
デパートに来たのは何年かぶりだった。最後に来たのはいつのことだろうか。
そんな風に思い出さなければならないほど、デパートからは足が遠のいていた。
休みの日といえば剣道の練習ばかりで、剣道の練習以外で出かけることなど滅多にない。
多分、最後にデパートに来たのは、父が上海に転勤する時だったから三年ぐらい前のことだろう。
おれは高瀬と一緒にエスカレーターに乗って、高瀬の目的の物がある四階へと向かった。
四階はティーン向けのファッションメーカーが並ぶ階で、同じぐらいの年齢の連中で溢れかえっている。
「わたしさ、あまり服とかわかんないんだよねえ。花岡ってどんな服が好みだったりする?」
高瀬はそういいながら、マネキンの着ている洋服を見たり、棚においてある服を手に取ったりしている。
おれだって、服のことはよくわからない。しかも、女の服なんて、なおさらだ。そういえば、姉ちゃんはどんな服を好んで着ていたかな。
そんなことを思いながら、おれは高瀬の後ろ姿を見つめていた。
「あれ、花岡じゃん」
高瀬が服を選んでいるのを売り場から少し離れたところで待っていると、声を掛けられた。
振り返ると、そこには両手にアパレルメーカーの紙袋をぶら下げた木下が立っていた。
「おお、木下」
「きょうは大学の出稽古、終わったの?」
「まあ、そんなところだな」
「買い物?」
「まあ、ね」
おれは歯切れの悪い答えを木下に返した。
なんとなく、高瀬と一緒に買い物をしにきているということを知られるのが、恥ずかしく思えたからだ。
「木下くん、お待たせ……あれえ、花岡くん」
聞き覚えのある声だった。
おれはその声のしたほうに目を向ける。
そこにいたのは、石倉さなえだった。
「よ、よう」
おれはぎこちなく石倉さなえに挨拶をした。
「ありゃりゃ、私たちがデートしているのバレちゃったね」
「そうだね、さなえちゃん。でも、花岡だったらいいんじゃない」
「そうだよね。花岡くんだったら、いいよね」
木下と石倉さなえは顔を見合わせながら笑う。
「あ、石倉さん」
ちょうどタイミング良く――おれにとっては悪くかもしれないが――戻ってきた高瀬が、石倉さなえたちに気づいて声を上げる。
「あれ、二人も買い物? もしかしてデートだったりして」
高瀬が鋭い勘を働かせて、石倉さなえにいう。
「やっぱり、わかっちゃう?」
石倉さなえが高瀬の言葉に満更でもない表情を浮かべていう。
「そうなんだ。奇遇だね、わたしたちもなんだよ。ね、花岡」
「えっ……あ、ああ」
こういう時はどんな風に返せばいいのだろうか。
おれはそれがわからず、曖昧に言葉を濁してしまう。
「へえ、木下と石倉さんがねえ。知らなかったよ。いつから付き合っていたの」
「今年の六月ごろから……ね」
石倉さなえが、木下に同意を求めるようにいう。
「へえ、知らなかった。木下、同じ剣道部なんだから、そういうことは逐一報告してよね」
「えー、なんで高瀬に報告しないといけないんだよ」
「なにいってんの、あんたにはそういう義務があるの」
高瀬がびしっという。
「でもさ、俺たちだって、二人が付き合っていたのは知らなかったよ。仲がいいなとは思っていたけどさ」
「別に、付き合ってはいないわよ……ね、花岡」
高瀬の振りに、おれはどぎまぎした。
なんなんだ、この振りは。
たしかにおれと高瀬は付き合ってはいないと思う。
春におれは高瀬から告白はされた。でも、おれは答えを返してはいない。もしかして、これは早く答えを返してよっていう振りなのか。
「まあわたしたちは、友だち以上、恋人未満みたいな関係がいまはいいのよ」
よくわからないが、高瀬はそういって満足そうに頷いている。
その後も、いろいろと高瀬は木下と石倉さなえに質問責めをして、三十分ほど立ち話は続いた。
友だち以上、恋人未満か。
おれたちは本当にそんな関係を続けていってもいいんだろうか。
高瀬の本当の気持ちはどうなんだろう。
おれはどうすればいいだろう。
高瀬のことが好き。そういう気持ちがないといったら嘘になる。
でも、いまの関係も居心地がいい。答えを出すのは急いだ方がいいのだろうか。
それともゆっくり二人で考えていけばいいんだろうか。
そもそも、付き合うってどういうことなんだろうか。
おれは色々と頭の中で考え過ぎてしまい、わけがわからなくなってしまっていた。
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