わがままは言えない【拓夢】

「そうなんだよ!CDを出したいから頑張ってるんだよ。凛も参加したからわかると思うけど、CDを一枚に作るだけであんなにたくさんの人が関わってるんだよ」


「確かに、そうだよね」


「あの人達のお給料を俺達が出すんだよ!そう思ったらわがままなんか言えないよな」


俺の言葉に凛は、うんうんと頷いてくれていた。


「どの仕事でも同じだよな」


そう言うと凛は、俺を見つめてる。


「そうだね。仕事ってそういうもんだね」


「だよな!趣味でやってた時とは違うよな。誰かの生活がかかってるんだもんな」


俺は、餃子を掴んで口に放りこんだ。


「そうだね。これからは、SNOWROSEのメンバーだけじゃなくて、相沢さんや他の皆さんのお給料を作らなきゃいけないんだよね」


俺は、凛の言葉にビールの缶を持ち上げる。


「俺は、これと同じだからな!」


そう言って、凛のグラスにビールを注いだ。


「そうだよね」


凛は、そう言って頷いていた。


「それを忘れないようにするよ!俺は、商品だってちゃんとな」


「大変だよね。売れる為には、って考えたら…。商品だったら、わかるな」


「だろ?こいつだって、何百回も試飲されて世の中に出てきたんだよ!売れるって、そういう事だよ」


俺は、そう言ってビールを飲んだ。


「生活したいとか聴いてもらいたいとかより、もっと凄い目標だよね。売れる事って」


凛は、そう言って俺を見つめてる。


「そうだなー。出来るだけ、万人受けするようにしなくちゃ売れないからな。1000人が買ってくれたって売れたって言わないんだよ。だから、色んな手直しされてくんだよな。たくさんの人の手が入って、もう自分の曲じゃなくなってく」


「それは、悲しいよね。嫌だよね」


凛の言葉に、俺は首を横に振った。


「いいの?」


「仕方ないんじゃないか?それが、プロの世界だから」


「そんな」


「俺達、みんなそれをわかってるよ。だって、全員就職してたから…。直されたくないなら、思い通りにしたいなら、俺達はあのままライブハウスで歌ってたよ!だけど、俺達はライブハウスだけじゃなくて、もっと沢山の人にSNOWROSEを知って欲しくなった。有名になりたくなったんだ」


凛は、俺の手を握りしめてくる。


「有名になるなら、我慢しなくちゃいけないんだよね。大丈夫?辛くない?」


「その時は、相沢さんに話すから大丈夫だよ!どこまで、やれるかはわからないけど…。凛、応援してくれるか?」


「勿論だよ」


俺は、凛の手を握り返す。


「俺達が変わっていっても、変わらない存在が欲しい。だから、凛。二人きりじゃなくていいから、会ってくれないか?」


俺は、涙を溜めた目で凛を見つめていた。変わっていく日々の中で、変わらない何かをしっかりと持っていたかった。そうじゃなきゃ、大きなものに飲み込まれて…。消えてしまいそうな気がした。


「拓夢、わかった」


凛は、そう言って笑ってくれた。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る