最後の時間を思い切り…

「着替えるよ」


俺は、凛の唇から唇を離してそう言った。


「うん」


シャツを着る。


「あの服、着たら写メ送ってよ」


「あっ!うん」


「明日の服、買って帰らないとなー。いい?」


「そうだね」


凛は、俺が普通に話すからホッとした顔をして笑っていた。

もう、これ以上、感情きもちを剥き出しにしたくなかった。

少しは、冷静でいたかったし…。


優しい皆月龍次郎さんのように、凛にとって変わらないような場所に俺もなりたかった。


もう二度と会いたくない憎い奴じゃなくて…。


俺じゃなきゃ無理だって、俺じゃなきゃ拭えないんだって、そんな人になりたかった。


だから俺は、もうこれ以上凛を困らせたくなかった。


「凛も買ってあげるよ」


「いいよ。冬服まで買ってもらったんだから…」


「いいって」


俺は、さっき買った袋を持つ。


「行こうか」


「うん」


部屋で清算するシステムなのは、助かった。玄関付近にある機械に料金が出される。


「私も払う」


「いいって!俺は、いつかビックスターになるんだからさ」


俺は、財布からクレジットカードを取り出して機械に読ませる。


「高いね。向こうとは違う」


「まあ、都会だからな」


支払いがうまく出来たようだった。


「何かなれないね」


「確かに、向こうと違ったな」


鍵が開いたのがわかって、俺と凛は外に出た。出てすぐに俺は、手を握りしめる。

指をしっかりと絡ませる。ずっと気づかないフリをしていた。左手にあたる指輪の感触。

一度、気にすると気になってしまう。俺は、気にしないようにする。


「あのさ、明日。まっつんいけるから」


俺は、スマホをわざと掴んで凛に言った。


「よかった。じゃあ、四人でいけるんだね」


凛は、キラキラの笑顔を向けて笑ってくる。


「うん」


俺は、そう言ってスマホを鞄にしまった。


「拓夢」


「何?」


「さっきから、指輪、気になってる?」


「どうして?」


「いつもと違って、繋ぎ方が浅いなって思っただけだから、気にしないで」


指輪の感触を感じないように、わざと浅く握りしめていたのがバレていた。


「はずした方がいいよね?」


凛は、そう言って俺を見つめてくる。


「全然、気にしてないから」


俺は、そう言ってニカって、大きく横に口を伸ばして笑って見せる。

めちゃくちゃ気にしてるのがバレた気がした。やっぱり、俺、情けないよな…。


凛は、何も言わずに俺から手を離すと指輪を外した。


えっ?!俺は、目をパチパチさせて凛を見つめる。


凛は、無言のまま。小さな財布を取り出して、その小銭入れに指輪をしまった。


そして、何も言わずに手を繋いできた。


俺は、何て言えばいいかわからなくて…。ただ、目を見開いて凛を見つめていた。


ホテルの出口を抜けて、駅に向かって歩く。何故、指輪をはずしたのか、聞けないせいで、ずっと無言のままだった。


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