管理人さんの話

管理人さんは、玄関に入ってきた。


「この傘!」


「はい?」


「いやー、孫が同じの持ってましてね」


「あー、そうなんですね」


「懐かしいなー。死んじゃったけど」


さらりと流れるように言われた。俺は、どうしていいかわからず黙っていた。


「あー、すみません。重たかったですか?」


「いえ」


「友達がね」


「はい」


「友達が、近所のおじさんを怒らせちゃったんですよ」


「はい」


「そしたらね、孫がね!殺されたんですって意味がわからないですよね」


管理人さんは、そう言いながらポストを見てる。


「あのー、どういう事ですか?」


「ああ!孫の友達がね!そのおじさんの家の前でよく遊んでて!追いかけっこみたいな」


「はい」


「おじさん、それが大嫌いだったんです」


「はい」


「いつも、いつも、怒ってたって」


「はい」


そう言って、管理人さんは外れたポストを触ってる。


「奥さんがね、身体悪くて寝たきりだったらしくてね!眠れるのが昼間だけだったらしいんだ」


「はい」


「孫は、参加してなかったんだけどね」


「はい」


「追いかけっこに参加してた友達と孫が一緒に帰って来てるのを見てたらしいんだ」


「はい」


「おじさんの奥さん入院しちゃってね!ほら、ストッパーっていうのかな、いなくなっちゃったから」


管理人さんは、写真を撮り始める。


「孫の友達がいつものように追いかけっこ始めちゃって!孫は、買い物頼まれて家を出たんだ」


「はい」


「何も知らずに歩いてたら!後ろから、グサリだよ」


俺は、管理人さんを見つめていた。


「逮捕されてから、わかったのは、奥さんが昼間しか寝れなかった事!自分も昼間しか寝れなかったって!毎日、毎日、子供が走り回る声にほとんど寝れなかったって!で、殺すつもりはなくて脅しのつもりで刺したんだって…。孫は、関係なかったんだけどね」


管理人さんは、俺を見つめる。


「ごめんね!その傘見たらつい思い出しちゃって!もう、10年も前の話なのに…。星村さんに聞かせてごめんね」


「いえ、理不尽ですね」


「そうかな?この歳になってわかるけどね。寝れないって、しんどいんだよ。確かに、孫を殺したあの人を許せない。でもね、眠れないってね!凄く苦しいんだよ。だから、あの人の気持ちもわかるんだ」


そう言って、管理人さんは涙を拭った。


「すみませんね!こんな話。では、業者さんに頼んでおきますね」


「わかりました」


「星村さん」


「はい」


「人間なんて、いつ死ぬかわからない!だから、会いたい人には沢山会っておくべきですよ」


「はい」


管理人さんは、ニッコリ微笑んでから頭を下げる。


「失礼しました」


「はい、よろしくお願いします」


俺は、管理人さんに頭を深々と下げた。


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